かかえて、なんでも恐ろしい貧乏に陥っているらしいんですって、もうずっと前から、この町で何かしていて、どこかの書記を勤めていたこともありますけれど、どうしたわけか、このごろちっとも収入の道がないんですって! わたしはちらとあなたを見て……考えたんですけれど、……わたし、なんと言ったらいいかわかりません、わたしなんだか頭がごたごたしてしまって、――ねえ、アレクセイさん、あなたは類のない親切なかたですから、わたし一つお願いしたいことがありますの。どうかあの人のところへ行って、なんとか口実を見つけて中へはいりこんでくださいな。つまり、その、二等大尉の家へはいるんですの――まあ、わたしどうしてこんなにまごついてばかりいるんでしょう。そうして気をつけながらうまく――ええ、これはあなたでなければできないことでございます――(アリョーシャは急に顔を赤くした)――うまくこの扶助金を渡してくださいませんか、ここに二百ルーブルありますから、その人はたしかに納めてくれると思います、……納めてくれるように説きつけていただきたいんですの、……もしだめでしたら、どんな風にしたものでしょうね? ね、よござんすか、それは告訴してくれないようにと、示談のための賠償金ではありません(だって、その人は本当に告訴するつもりだった風ですもの)。ほんの同情のしるしなんですの、補助のつもりにすぎないんですもの。そして名義はわたしですよ、わたしですよ、ドミトリイの許嫁《いいなずけ》の妻ですよ、けっしてあの人自身じゃありません。とにかく、あなたのお腕前におまかせしますから……わたしが自分で行ったらいいんですけれど、あなたのほうがずっとじょうずにまとめてくださるに違いないんですもの。あの人はね、湖水通りの、カルムィコワという町人の持ち家に住んでらっしゃるのです、……後生ですから、アレクセイさん、どうかわたしのためにこの役目を果たしてくださいまし。ところで、今、……今わたしは少々疲れましたわ。じゃ、これでおいとまいたします……」
彼女は不意に身をかわして、またもや帳《とばり》のかげに隠れてしまったので、アリョーシャは、口がききたくてたまらなかったが、一言も口をきく余裕がなかった。彼は自分で自分の罪を責めて謝罪をするか、……まあ、何にもせよ、一口でも物を言わずにはいられなかった。彼は胸がいっぱいになっていたので、このまま部屋を出る気にはどうしてもなれなかったのである。しかし、ホフラーコワ夫人はその手を押えて、自分で部屋の外へ連れ出した。玄関へ来たとき、夫人はまたもやさっきと同じように立ち止まらせた。
「ずいぶん高慢な人ですわね、自分で自分と闘ってるんです。でも、ほれぼれするような、親切な、肚の大きい方ですわ」夫人は半ばささやくような声で、感きわまったかのように言った。「おおわたしはあの人が大好きです、ときには、たまらないくらいに、……わたしはいま、何から何まで嬉しいんですの! アレクセイさん、あなたは御存じないでしょうが、実はわたしたちはみんなで、――わたしと、あの人の伯母さん二人と、――それにリーズまでが仲間にはいって、この一月のあいだある一つのことばかり、願ったり祈ったりしてるんですの。というのは、あの人が、あなたの大好きなドミトリイさんを思いきって、あの教育のある、立派な青年のイワンさんと結婚しますようにってね、……だって、ドミトリイ兄さんのほうは、あの人なんか見るのもいやだといわないばかりだのに、イワンさんは世界じゅうの何よりも、あの人を愛してらっしゃるんですものね、わたしたちはこれについていろいろ段取りを決めていましたの。わたしがここを立たないのも、たぶん、これがためかもしれませんよ……」
「でも、あの人はまた侮辱を受けて、泣いていたじゃありませんか!」とアリョーシャが叫んだ。
「女の涙なんか当てになるものじゃありませんよ。こういう場合には、わたし女に反対します、わたしは男の味方ですわ」
「母さん、母さんはそのおかたを悪くして、堕落さしてしまってよ」戸のかげからリーズの細い声が聞こえた。
「いいえ、これというのもみんな僕がもとなんです、僕は実に悪いことをしました!」自分の行為に対する激しい羞恥《しゅうち》の念がこみあげてきて、アリョーシャは両手で顔まで隠しながら、なんと言われても気が安まらないで、くり返すのであった。
「それどころじゃありません、あなたはまるで天使のような振舞いをなすったのです、全く天使ですよ。なんならわたし十万べんでもこのことばをくり返してあげますわ」
「母さん、どうして天使のような振舞いなの?」リーズの声がまた聞こえた。
「僕はあのときの様子を見ているうちに、どうしたわけか」まるでリーズの声など耳にはいらないように、アリョーシャはことばを続けた、「あの
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