おっしゃいましたし」
「だって、わたしかたわよ。肘椅子に乗せて引っ張ってもらってるのよ」とリーズは頬をかすかに赤らめながら笑いだした。
「僕は自分であなたを引っぱって歩きます。しかし、それまでにはよくなると思いますよ」
「あなたは気が違ったんじゃなくって?」とリーズは神経質らしく、言いだした、「あんな冗談をまじめにとって、そんなばかなことを言いだすんですもの!……あら、お母さんだわ、かえって好都合だわ。母さん、どうしてあなたはそんなにいつもいつも、のろいんでしょうね。どうしてそんなに手間がとれるんでしょうね! ほら、もうユーリヤが氷を持って来たわ!」
「まあ、リーズ、そんな声を立てないでおくれ――お願いだから、そんな声を。わたしはそのわめき声を聞くと、……だってしかたがないじゃないの、おまえがまるで別なところへガーゼをしまいこんでるんだもの、……わたしさんざん捜したんじゃないの、……ことによったら、おまえわざとあんなことをしたんじゃないの」
「だって、この人が指をかまれて来ようなんて、まるで知るわけがないじゃありませんか。もしそれが前からわかってたら、本当にわざとそうしたかもしれないわ。母さん、あなたはたいへん気のきいたことを言うようにおなんなすったのね」
「気のきいたことでもどうでもいいけれど、まあ、リーズ、アレクセイさんの指といい、そのほかのことといい、どんな気持がするとお思いだえ! ああアレクセイさん、わたしを困らすのは一つ一つの事柄じゃありません、ヘルツェンシュトゥベなんかのことじゃありません。みんな全体をひっくるめてです。みんないっしょにです。だから、わたしとしてしんぼうがしきれないんですよ」
「たくさんだわ、母さん、ヘルツェンシュトゥベのことなんかたくさんだわ」とリーズはおもしろそうに叫んだ。
「さあ、はやくガーゼをちょうだい。これはただのグーラード液だわ。アレクセイさん、今やっと名前を思い出したわ、だけどこれはいい薬よ。ところで、お母さん、どうでしょう、この人は途中で餓鬼《がき》どもと喧嘩《けんか》をしたんですってさ。そして、これはね、その中の一人にかまれた傷なんですとさ。ねえ、この人やはり赤ん坊だわ、そうじゃなくって? ねえ、そんなことをする子供に結婚なんかできやしないわね。だって、この人は結婚したいって言うんですもの、おかしいわね、母さん。ほんとにこの人がお嫁さんをもつなんて、考えてもおかしいじゃないの。おそろしいじゃないの?」
リーズはずるい眼つきをしてアリョーシャを眺めながら、絶えず小気味悪く、かすかに笑うのであった。
「え、どうして結婚なんてことを、リーズ、なんだっておまえはそんなことをだしぬけに言いだすの? そんなことを言う場合じゃありませんよ……それに、その子供はひょっとしたら、恐水病にかかってるかもしれないじゃないの」
「あら、お母さん! 恐水病の子供なんているものなの?」
「いないって、なぜ? まるでわたしがばかなことでも言ったみたいだわね。もしその子供に狂犬がかみついたとしたなら、今度はその子供が、手近の人をかむようになるんですよ。まあ、リーズは、じょうずに包帯をしましたねえ、アレクセイさん。わたしには、とてもうまくできませんわ。今でも痛みますの?」
「もうたいしたことはありません」
「ときにあなたは水がこわくありませんの?」リーズは尋ねた
「さあ、もうたくさんよ、リーズ。全くわたしもあんまりあわてて、恐水病の子供なんて言いだしたけれど、すぐおまえはそんなばかなことをもちだすんだもの。ときに、カテリーナさんはあなたのいらっしたことを聞くと、さっそくわたしのところへかけつけてらしったんですよ。あなたを待ちこがれていらっしゃるのよ、たまらないほど……」
「まあ、母さん! あなた一人であっちへいらっしゃいな、この人は今すぐいらっしゃるわけにはいきませんわ。だって、あんなに痛がってらっしゃるんですもの」
「けっして痛がってはいません、平気で行けますよ……」とアリョーシャは言った。
「なんですって、あなたいらっしゃるの? じゃあなたは? じゃあなたは?」
「なんですか? なあに、僕はあっちの用をすましたら、またここへ帰って来ますよ。そしたらあなたのお気に入るだけお話ししましょうよ。だって、僕は今、とてもカテリーナさんに会いたいわけがあるんですよ。なにしろ、僕はどっちにしろ今日は、できるだけ早く寺へ帰ろうと思ってますからね」
「母さん、早くこの人を連れて行ってちょうだいな。アレクセイさん、カテリーナさんのあとでここへ寄ろうなんて、そんな御心配には及びませんよ。あなたはまっすぐにお寺へいらっしゃい。そのほうが本当ですよ。わたし眠たくなっちゃったわ。ゆうべちょっとも寝なかったもんですから」
「まあ、リーズ、
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