[#地から3字上げ]四十五年五月

  薄荷酒

「思ひ出」の頁《ペエジ》に
さかづきひとつうつして、
ちらちらと、こまごまと、
薄荷酒を注《つ》げば、
緑はゆれて、かげのかげ、仄かなわが詩に啜り泣く、
そなたのこころ、薄荷ざけ。

思ふ子の額《ひたひ》に
さかづきそつと透かして、
ほれぼれと、ちらちらと、
薄荷酒をのめば、
緑は沁《し》みて、ゆめのゆめ、黒いその眸《め》に啜り泣く、
わたしのこころ、薄荷ざけ。
[#地から3字上げ]四十五年四月

  白い月
    わがかなしきソフイーに。

白い月が出た、ソフイー。
出て御覧、ソフイー。
勿忘草《わすれなぐさ》のやうな
あれあの青い空に、ソフイー。

まあ、何《な》んて冷《ひや》つこい
風《かぜ》だらうねえ、
出て御覧、ソフイー。
綺麗だよ、ソフイー。

いま、やつと雨がはれた――
緑いろの広い野原に、
露がきらきらたまつて、
日が薄《うつ》すりと光つてゆく、ソフイー。

さうして電話線の上にね、ソフイー。
びしよ濡れになつた白い小鳥が
まるで三味線のこまのやうに留つて、
つくねんと眺めてゐる、ソフイー。

どうしてあんなに泣いたの
前へ 次へ
全96ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング