tのにほひがして
疲れた官能が痺れてくる……

濡れたあかしやが銀《ぎん》の恐怖《おそれ》に光つて、
一ならび青い硝子に反射する――そのほかは
声もせぬ通の長い舗石《しきいし》のうへを
痺《しび》れて了《しま》つたピアノの顫音《せんおん》が、
ふる雪の断片が、
活動写真のまたたきのやうに
音もなく瓦斯の光に顫へてゐる。

雪がふる。
Sara …… sara …… sara …… sara …… sara ……
薄ら青い、冷《つめ》たい千万の断片が
落ついた悲哀《かなしみ》の光が、
弊私的里《ヒステリー》の発作《ほつさ》が過ぎた、そのあとの沈んだ気分《きぶん》の氛囲気《ふんゐき》に、
しんみりとしたリズムをつくつて
しづかに降りつもる。
Sara …… sara …… sara …… sara …… sara ……
[#地から3字上げ]四十三年六月

  解雪

わが憂愁は溶《と》けつつあり、
黄色《きいろ》く赤くみどりに、
屋根の雪は溶けつつあり、
光りつつ、つぶやきつつ、滴りつつ……

日はすでにまぶしく、
菓子屋の煙突よりは烟《けむり》のぼり、
病犬は跛《ちんば》曳きつつ舗石《し
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