フ幽かな瞬《またたき》を聴きわけるほど――
ひつそりと怖気《をぢけ》づく、ほんの一時《いちじ》の気紛《きまぐれ》につけ込んで、
汝《おまへ》はやつて来る……顫《ふる》ひながら例《れい》の房のついた尖帽《せんぼう》をかぶつて、
掻きむしつた亜麻色《あさいろ》の髪《け》の、泣き出しさうな青い面《つら》つきで、
ふらふらと浮いた腰の、三尺《さんじやく》ほどの脚棍《たけうま》に乗つて、
ひよつくりこつくり西洋操人形《あやつりにんぎやう》のやうにやつてくる。

硝子の閉《しま》つた青い街《まち》を、
濡れに濡れた舗石《しきいし》のうへを、
ピアノが鳴る……金色《きんいろ》の顫音《せんおん》の
潤《うる》むだ夜の空気に緑を帯びて消えてゆく。

雪がふる。……
湿《しめ》つた劇薬《げきやく》の結晶《けつしやう》、
アンチピリンの(頓服剤《ねつさまし》の)、粉末《ふんまつ》のやうに――
それがまた青白い瓦斯《ガス》に映《うつ》つて
弊私的里《ヒステリー》の発作《ほつさ》が過ぎた、そのあとの沈んだ気分《きぶん》の氛囲気《ふんゐき》に
落《お》ちついた悲哀《かなしみ》の断片《だんぺん》がしみじみと降りしき
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