「ぜん》の日の遺言状《ゆゐごんじやう》の秘密《ひみつ》のごとくに刺草《いらくさ》の間《あひだ》に沈み、
美《うつく》しき絶望《ぜつまう》のごとたまさかに蜥蜴《とかげ》過《す》ぎゆく。
近郊《きんかう》の鐘は鳴る……修道院《しゆだうゐん》晩餐《ばんさん》の鐘……
神経の澄《す》みわたる凝視《ぎようし》はつづく――
その青くして何物《なにもの》にも吸ひ取らるるがごとき瞳《ひとみ》は
身をすりよする異母妹《いぼまい》の性《せい》の恐怖《おそれ》より逃《のが》れんとし、
親《した》しき友人の顔に陋《いや》しき探偵《たんてい》の笑《わらひ》を恐れ、
色|黄《き》なる醜《みにく》き悪縁《あくゑん》の女《をんな》を殺《ころ》さんとし、
さらにわが生《せい》を力《ちから》あらしめんがために砒素《ひそ》を医局《いきよく》の棚より盗み、
終《つひ》にまた響《ひびき》も立てぬ霊《たましひ》の深緑《しんりよく》の瞳《ひとみ》にうち吸はれ、
わが心の深淵《しんゑん》に突き落されし処女《ヴアジン》の銀《ぎん》の咽《むせ》びをきく。
この時《とき》、病院の青白き裏口《うらぐち》の戸に佇める看護婦は
携へし鳥籠
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