、樹《サボテン》の蔭に蹲《うづく》みて日向ぼこせる洋館の病児の如く泣くもあり。
煙艸工場の煙突掃除のくろんぼが通行人を罵る如き声もあり。
白昼を按摩の小笛、
午睡のあとの倦怠《けだる》さに雪駄ものうく
白粉《おしろひ》やけの素顔して湯にゆくさまの芸妓あり。
交番に巡査の電話、
広告《ひろめ》の道化《どうけ》うち青みつつ火事場へ急《いそ》ぐごときあり。
また間《ま》の抜《ぬ》けて淫《みだ》らなる支那学生のさへづりは
氷室の看板《かんばん》かけるペンキのはこび眺むるごとく、
印刷の音の中、色赤き草花|凋《しな》え、
ほどちかき外科病院の裏手の路次の門弾《かどびき》は
げにいかがはしき病の臭気こもりたり。

(いま妄想の疲れより、ふと起りたる
薬種屋内の人殺、
下手人は色白き去勢者の母。)

何かは知らず、
人かげ絶えてただ白き裏神保町の眼路遠く、
肺病の皮膚青白き洋館の前を疲れつつ、
「刹那」の如く横ぎりし電車の胴の白色《はくしよく》は一瞬にして隠れたり。
いたづらに玩弄品《おもちや》の如き劇場の壁薄あかく、
ところどころの※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]の色、曇れる、あるはやや
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