ュ割《さ》いたる青竹に蝮挟みてなつかしく、
渚のほとり、草土手の曼珠沙華さくしたみちを、
九月|午後《ひるすぎ》、忍びあし。

静かにゆるき潮鳴《しほなり》は、
夏と秋との伴奏《ともあはせ》、
五十三次、広重《ひろしげ》の海の匂もまだ熱く、
眉にかがやく忍びあし、……
蝮の腹もいと青く。

けふのこの日の蝮捕り、――
渡りあるきの生業《なりはひ》の昨日《きのふ》の疲《つか》れ、
明日の首尾《しゆび》、
案じわづらふ足もとに飛んで跳《は》ねたはきりぎりす。
疲れた三味が鳴るわいな。

意気な年増の手ずさみか、
取り残された避暑客の後《あと》の一人の爪弾か、
離縁《さ》られた人か、死ぬ人か、
思ひなしかは知らねども、
昨日あがつた心中の男女《をとこをんな》の忍び泣き、……
あれ三味が鳴る、昼日なか、
知らぬ都のふしまはし。

わかい吐息の忍びあし、
そつと留《とゞ》めて、聞惚れて、なにをおもふや、うつとりと、
蝮の腹の青縞の博多帯めくつややかさ、
きゆつきゆと白き指つけて、拭《ふ》きつ、さすりつ、薄笑みつ、
九月、午後《ひるすぎ》、日の光――
こころの縞もいと青く。

蝮よ、蝮よ、やはらかな、熱《あつ》い冷《つめ》たい手触《てさは》りの、
そなたも三味にきき惚れて身をうねらすや、やるせなく、……
平首《ひらくび》、竹に挟まれて、されどゆかしく、あどけなく、
無心に瞠《みは》る眼のいろは空と海との水あさぎ。
蝮よ小さい尾のさきの、匂の肌をつまぐれば、
毒ある汗はいきいきと、神経のごと細《こま》やかに、
朱の斑《ふ》なまめく褐《くり》と黄《き》の波斯《ペルシヤ》模様の美くしさ、
それか、怪しき淫《たは》れ女《め》の
閨《ねや》の麝香《じやかう》の息づかひ。

九月|午後《ひるすぎ》、日の光――
あれ三味が鳴る、きりぎりす、
飛んで死んだがましかいな。
[#地から3字上げ]四十四年九月
[#改丁]

[#ここから5字下げ、ページの左右中央に]
雪と花火
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]

  夜ふる雪

蛇目《じやのめ》の傘《かさ》にふる雪《ゆき》は
むらさきうすくふりしきる。

空《そら》を仰《あふ》げば松《まつ》の葉《は》に
忍《しの》びがへしにふりしきる。

酒《さけ》に酔《よ》うたる足《あし》もとの
薄《うす》い光《ひかり》にふりしきる。

拍子木《ひやうしぎ》をうつはね幕《まく》の
遠《とほ》いこころにふりしきる。

思《おも》ひなしかは知《し》らねども
見《み》えぬあなたもふりしきる。

河岸《かし》の夜《よ》ふけにふる雪《ゆき》は
蛇目《じやのめ》の傘《かさ》にふりしきる。

水《みづ》の面《おもて》にその陰影《かげ》に
むらさき薄《うす》くふりしきる。

酒《さけ》に酔《よ》うたる足もとの
弱《よわ》い涙《なみだ》にふりしきる。

声《こゑ》もせぬ夜《よ》のくらやみを
ひとり通《とほ》ればふりしきる。

思ひなしかはしらねども
こころ細かにふりしきる。

蛇目《じやのめ》の傘にふる雪は
むらさき薄くふりしきる。

  柳の佐和利

ほの青《あを》い雪《ゆき》のふる夜《よ》に、
電車《でんしや》みちを、
酔《よ》つて、酔《よ》つて、酔《よ》つぱらつてさ、ひよろひよろと、
ふらふらと、凭《もた》れかかれば、硝子戸《がらすど》に。
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕

ほの青《あを》い雪《ゆき》はふり、
店《みせ》のなかではしんみりと柳《やなぎ》の佐和利《さわり》、
酔《よ》つて、酔《よ》つて、酔《よ》つぱらつてさ、ふらふらと、
ひよろひよろと首《くび》をふれば太棹《ふとざを》が……
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕

ほの青《あを》い雪《ゆき》の夜《よ》の
蓄音機《ちくおんき》とは知《し》つたれど、きけばこの身《み》が泣《な》かるる。
酔《よ》つて酔《よ》つて酔《よ》つぱらつてさ、ひよろひよろと、
ふらふらと投《な》げてかかれば、その咽喉《のど》が……
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕

ほの青《あを》い雪《ゆき》のふる
人《ひと》ひとり通《とほ》らぬこの雪《ゆき》に、まあ何《なん》とした、
酔《よ》つて酔《よ》つて酔《よ》つぱらつてさ、ふらふらと、
ひよろひよろと、しやくりあぐれば誰やらが、
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕
[#地から3字上げ]四十四年一月

  春の鳥

鳴きそな鳴きそ春の鳥、
昇菊の紺と銀との肩ぎぬに。
鳴きそな鳴きそ春の鳥、
歌沢《うたざは》の夏のあはれとなりぬべき
大川の金《きん》と青とのたそがれに。
鳴きそな鳴きそ春の鳥。
[#地から3字上げ]四十三年四月

  
前へ 次へ
全24ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング