ネの、槍のさき。

槍は槍持、供ぞろへ、
さつと振れ、振れ、白鳥毛。

槍は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]びても名は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]びぬ。
殿につきそふ槍持の槍の穂さきの悲しさよ。
いつも馬上の寛濶に、
殿は伊達者のよい男、
さぞや世間《せけん》の取沙汰に
浮かれ騒ぐも女なら。
そこらあたりの道すぢの紺の暖簾《のれん》も気がかりな。
槍は九尺の銀なんぽ、
槍を持つ身のしみじみと、涙流すもつとめ故、
さりとは、さりとは、供奴《ともやつこ》、
雪はふるふる、日は暮れる。
やあれ、やれ、しよんがいなの、槍のさき。
[#地から3字上げ]四十五年三月

  CHONKINA.

[#ここから横組み]“Chonkina! chonkina!
Chon−chon kina−kina!
Chon ga nanoso de,
Cho−chon ga yoi! ……”[#ここで横組み終わり]

「赤《あか》い夕日《ゆふひ》、
活動写真《くわつどうしやしん》見《み》たいなキラキラが、あのやうに、あれ、御覧《ごらん》な。
お向《むか》ふの三層楼《さんがい》の高《たか》い部屋《へや》の障子《しやうじ》に、何時《いつ》までも何時《いつ》までも照《て》りつける辛気《しんき》くささ、
寝《ね》まきや、長襦袢《ながじゆばん》の、
如何《どう》したんだらうねえ、まあ、
両肌《りやうはだ》なんか脱《ぬ》いだりさ、
欄干《てすり》に腰《こし》かけたり、跨《また》いだり、
自堕落《じだらく》な、あれさ、落《おつ》こつたらどうするの、
気《き》まぐれも大概《たいがい》になさいなね、
あれ、あの手《て》も真赤《まつか》な狐拳《きつねけん》!」

[#ここから横組み]“Chon−aiko! chon−aiko! ……”[#ここで横組み終わり]

「華魁《おいらん》、ちよいと、御覧《ごらん》なさいな、
久《しさ》し振《ぶり》で裏門《うらもん》が開《あ》いたと思《おも》つたら、
大変《たいへん》ですわねえ、あれ、あんなに水《みづ》が、
随分《ずゐぶん》しどい音《おと》だこと、
堤《どて》をもう越《こ》したんですとさ。
竜泉寺《りゆうせんじ》、山谷《さんや》、今戸《いまど》のわたし、
そりやもう大変《たいへん》な騒《さわぎ》よ、
おやおや、まあ、素《す》つ裸《ぱだか》で、
揚屋町《あげやまち》の通《とほり》を伝馬《てんま》担《かつ》いで奔《はし》るなんて
銀《ぎん》ちやん、威勢《ゐせい》がいいことねえ。」

[#ここから横組み]“Chon−aiko! chon−aiko! ……”[#ここで横組み終わり]

「華魁《おいらん》、何《なに》をそんなに見《み》てお出《い》でなの、
くよくよとさ、
黄色《きいろ》いふたつの高張《たかはり》に
赤《あか》い日《ひ》が、あのやうに射《さ》しかけて、
ぴちやぴちやと濁水《にごりみづ》が凄《すご》いわねえ、
あら、ちよいと、そんな処《とこ》で
おちんこなんか捲《ま》くるもんぢやありませんつたら、
小児《こども》は罪《つみ》が無《ない》ことねえ、ほほほ。まあ。」

[#ここから横組み]“Chonkina! chonkina!
Chon−chon, kina−kina,
Chon ga nanoso de,
Cho−chon ga yoi,
Aiko de yoi,……
Chon−aiko! chon−aiko ……”[#ここで横組み終わり]

吉原《よしはら》の中店《ちうみせ》の
お職《しよく》「小主水《こもんど》」とて、愁《うれ》ひ顔《かほ》の寥《さみ》しい、
どうしたことやら、
白粉《おしろい》もまだつけぬ青《あを》いいろの、
なつかしい眼《め》つきの女《をんな》、
疲《つか》れたやうに、藍色《あゐいろ》の薄《うす》いネルを着《き》ながして
新造《しんぞう》と二人《ふたり》、
――ひとりは立膝――
華魁《おいらん》は灯《ひ》のつかぬ五時《ごじ》ごろの
薄暗《うすぐら》い角店《かどみせ》の二重《にぢゆう》に腰《こし》かけて、
何《なに》とやら澄《す》まぬ顔《かほ》、
左《ひだり》の人《ひと》さし指《ゆび》の薄《うす》い繃帯《ほうたい》に
金《きん》いろの背後《うしろ》の附立《ついたて》が、
支那彫《しなぼり》の唐獅子《からしし》の、
冷《つめ》たい光《ひかり》を投《な》げかくる。
そのさだまらぬ陰影《かげ》のかげの
そのなかの幽《かす》かなためいき……

[#ここから横組み]“Chonkina! Chonkina! ……”[#ここで横組み終わり]


格子戸越《かうしどご》しに、赤《あか》い日《ひ》が
高《たか》い屋並《やなみ》の不思議《ふしぎ》な廂《ひさし》にてりかへし、
洪水《こうすゐ》の音《おと》がきこ
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