オづれて、
ニホヒイリスや和蘭陀薄荷《おらんだはつか》のしめりを戦《そよ》がせ、
ぢつと、私が凝視《みつ》むる、
小酒杯《リキユグラス》の透明な無色《むしよく》の火酒《ウオツカ》を顫はし、
黄緑《くわうりよく》の外光《ぐわいくわう》を浴《あ》びた青年の面《かほ》のうへを、
なめらかに砥石《といし》のやうな青みを、
Poe の頬のやうな手ざはりを、
すいすいと剃刀《かみそり》のやうに触れる、
私は無言《むごん》で冷《つめ》たい小酒杯《リキユグラス》をとりあげ、
しみじみと赤い唇《くちびる》にあてる……
五月が来た、五月が来た。
楠《くす》が萠え、ハリギリが萠え、朴《ほう》が萠え、篠懸《すずかけ》の並木が萠える。
そうして、私の
新しいホワイトシヤツの下から青い汗《あせ》がにじむ、
植物性の異臭《いしゆう》と、熱《ねつ》と、くるしみと、……
芽でも吹きさうな身体《からだ》のだらけさ、
(何でもいいから抱《だ》きしめたい。)
萠える、萠える、萠える、萠える、
青い髯が
ウオツカの沁み込む熱《あつ》い頬《ほ》の皮膚《ひふ》から萠える。……
くわつとふりそそぐ日光、
冷《つめ》たい風、
春と夏との二声楽《ヂユエツト》、……緑《みどり》と金《きん》……
[#地から3字上げ]四十三年五月
五月
新しい烏竜茶《ウーロンちや》と日光、
渋味もつた紅《あか》さ、
湧きたつ吐息《といき》……
さうして見よ、
牛乳にまみれた喫茶店《きつさてん》の猫を、
その猫が悩ましい白い毛をすりつける
女の膝の弾力《だんりよく》。
夏《なつ》が来《き》た、
静《しづ》かな五|月《ぐわつ》の昼《ひる》、湯沸《サモワル》からのぼる湯気《ゆげ》が、
紅茶《こうちや》のしめりが、
爽《さわや》かな夏帽子《なつばうし》の麦稈《むぎわら》に沁《し》み込《こ》み、
うつむく横顔《よこがほ》の薄《うす》い白粉《おしろい》を汗《あせ》ばませ、
而《さう》してわかい男《をとこ》の強《つよ》い体臭《にほひ》をいらだたす。
「苦《くる》しい刹那《せつな》」のごとく、黄《き》ばみかけて
痛《いた》いほど光《ひか》る白《しろ》い前掛《まへかけ》の女《をんな》よ。
「烏竜茶《ウーロンちや》をもう一|杯《ぱい》。」
[#地から3字上げ]四十三年五月
銀座花壇
赤《あか》い花《はな》、小《ちひ》さい花《はな》
前へ
次へ
全48ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング