ウオタアヒヤシンスの花を見出すであらう。水は清らかに流れて廃市に入り、廃れはてた Noskai《ノスカイ》屋(遊女屋)の人もなき厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む昼すぎを小料理屋の黒いダアリヤの花に歎き、酒造る水となり、汲水場《くみづ》に立つ湯上りの素肌しなやかな肺病娘の唇を嗽ぎ、気の弱い鶯の毛に擾され、そうして夜は観音講のなつかしい提灯の灯をちらつかせながら、樋《ゐび》を隔てて海近き沖《おき》ノ端《はた》の鹹川《しほかは》に落ちてゆく。静かな幾多の溝渠はかうして昔のまま白壁に寂しく光り、たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、変化多き少年の秘密を育む。水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である。
折々の季節につれて四辺の風物も改まる。短い冬の間にも見る影もなく汚れ果てた田や畑に、苅株のみが鋤きかへされたまま色もなく乾き尽くし、羽に白い斑紋を持つた怪しげな高麗烏《かうげがらす》(この地方特殊の鳥)のみが廃れた寺院の屋根に鳴き叫ぶ、さうして青い股引をつけた櫨《はじ》の実採りの男が静かに暮れてゆく卵いろの梢を眺めては無言に手を動かしてゐる外には、展
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