に楽しまれた。書斎にしてからが居間にもなり、寝室にもなり、客間にもなり、食堂にもなり、子供の遊戯室でもあつたが、それにまた工場見たやうではあつたが、その雑然とした中にほんたうのいい統一があつた。来客は稀だし、物音はせず、常住読書と思索と創作とに自分を遊ばせてゐられた。ここへ来るとそれらのすべてが失はれた。
 五月からこの方、わたくしはまだこの家にしつくりとは住みつかないのだ。どの室にも統一はありキチンとはしてゐるが、それだけ却つて圧迫されるやうな気がする。どの室に机を据ゑても落ちつけないで、あつちへ坐つて見たり、こつちへ腰かけて見たりしてゐる。雑然と何もかも放りつぱなしにして置く室が無いのである。寂びがあつていい家《うち》だとは思ふが、それだけまたうつかりとできないのである。
 それに面会人の多いことは多い日には三十人もある。初めの頃は金せびりまでが随分と来た。面会日は木曜ときめて門の扉に木の札は掛けたが、ほんたうにこちらの仕事の為に考へてくれさうな人はさして有りさうにないのでしみじみ困つて了ふ。そしてかんじんの面会日にはわざわざ時間をあけて待つてゐるのにほんの一人か二人しか来はしない
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