てるなかに
ひとりあやつる商人《あきうど》のほそい指さき、舌のさき、
糸に吊《つ》られて、譜につれて、
手足顫はせのぼりゆく紙の人形のひとおどり。

あかい夕日のてる坂で
やるせないぞへ、らつぱぶし、
笛が泣くのか、あやつりか、なにかわかねど、ひとすぢに
糸に吊《つ》られて、音《ね》につれて、
手足|顫《ふる》はせのぼりゆく戲《おど》け人形のひとおどり。

なにかわかねど、ひとすぢに
見れば輪※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11、24−2]《りんね》が泣きしやくる。
たよるすべなき孤兒《みなしご》のけふ日《び》の寒さ、身のつらさ、
思ふ人には見棄てられ、商人《あきうど》の手にや彈《はぢ》かれて、
糸に吊《つ》られて、譜につれて、
手足|顫《ふる》はせのぼりゆく紙の人形のひとおどり。

あかい夕日のてる坂で
消えも入るよならつぱぶし…………


 秋の日


小さいその兒があかあかと
とんぼがへりや、皿まはし…………
小さいその兒はしなしなと身體《からだ》反《そ》らして逆《さか》さまに、
足を輪にして、手に受けて、
顏を踵《かゝと》にちよと挾む、
足のあひだにその顏の坐《すは》るかなしさ、生《なま》じろさ。
落つる夕日のまんまろな光ながめてひと雫《しづく》。

あかい夕日のまんまろな光眺めてまじまじと、
足を輪にして、顏据ゑて、小さいその兒はまた涙。
傍《そば》にや親爺《おやぢ》が眞面目《まじめ》がほ、
鉦《かね》や太皷でちんからと、俵くづしの輕業《かるわざ》の
浮いた囃子《はやし》がちんからと。

知らぬ他國の瀉海《がたうみ》に鴨の鳴くこゑほのじろく、
魚市場《さかないちば》の夕映《ゆふばえ》が血なまぐさそに照るばかり、
人立ちもないけうとさに秋も過ぎゆく、ちんからと。――
小さいその兒がただひとり、
とんぼがへりや、皿まはし…………


 人形つくり


長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや、
色硝子………青い光線《ひすぢ》の射《さ》すなかで
白い埴《ねばつち》こねまはし、糊《のり》で溶かして、砥《と》の粉《こ》を交ぜて、

つい[#「つい」に傍点]ととろり[#「とろり」に傍点]と轆轤《ろくろ》にかけて、
伏せてかへせば頭《あたま》が出來る。

その頭《あたま》は空虚《うつろ》の頭、
白いお面《めん》がころころと、ころころと…………

ころころと轉《ころ》ぶお面《めん》を
わかい男が待ち受けて、
青髯の、銀のナイフが待ち受けて、
※[#「目+匡」、第3水準1−88−81、28−8]《まぶた》、※[#「目+匡」、第3水準1−88−81、28−8]、薄う瞑《つぶ》つた※[#「目+匡」、第3水準1−88−81、28−8]を突いて、きゆつ[#「きゆつ」に傍点]と抉《え》ぐつて兩眼《りやうがん》あける。
晝の日なかにいそがしく、
いそがしく。

長崎の、長崎の
人形つくりはおそろしや。
色硝子…………黄色い光線《ひすぢ》の射すなかで
肥滿女《ふとつちよ》の囘々《フイフイ》教徒《きようと》の紅頭巾《あかづきん》、唖か、聾《つんぼ》か、にべもなく
そこらここらと撰んで分けて撮《つま》む眼玉は何々ぞ。
青と黒、金と鳶色、魚眼《うをめ》の硝子が百ばかり。

その眼玉も空虚《うつろ》の眼玉、
ちよいとつまんで※[#「目+匡」、第3水準1−88−81、30−2]へ當てて
面《おもて》よく見て、後《うしろ》をつけて、合はぬ眼玉はちよと彈《はぢ》き、
ちよと彈《はじ》き
箝《は》めた、箝めたよ、兩眼《りやうがん》箝《は》めた…………
露西亞《ロシヤ》の女郎衆が、女郎が義眼《いれめ》をはめるよに、
凄《すご》や、をかしや、白粉刷毛《おしろひはけ》でさつ[#「さつ」に傍点]と洗つてにたにたと。
外《そと》ぢや五月の燕《つばくらめ》ついついひらりと飛び翔る。

長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや。
色硝子…………紅《あか》い血のよな日のかげで
白髪あたまの魔法爺《まはふおやぢ》が眞面目顏《まじめがほ》、じつと睨んで、手足を寄せて、
胴に針金《はりがね》、お面《めん》に鬘《かつら》、寄せて集めて兒が出來る。
兒が出來る。

酷《むご》や、可哀《かはい》や、二百の人形、
泣くにや泣かれず、裸の人形、
赤う膨《ふく》れた小股《こまた》を出して、頭みだして、踵を見せて、
鮭の卵か、兒豚の腹か、水子、蛭子《ひるこ》を見るがよに、見るがよに、
床《ゆか》に積れて、瞳をあけて、赤い夕日にくわと噎ぶ。
くわと噎《むせ》ぶ。

人形、人形、口なし人形、
みんな寒かろ、母御も無けりや、賭博《ばくち》うつよな父者《ててじや》もないか、
白痴《ばか》か、狂氣か、不具《かたは》か、唖か、墮胎藥《おろしぐすり》を喫《の》まされた
女郎の兒どもか、胎毒か………
しんと默《だま
前へ 次へ
全35ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング