》の尻がろに
水へ滑《すべ》るは戲《おど》けたる
道化芝居の女かな。
軍鷄《しやも》のにくきは定九郎か、
與一兵衛には何よけむ。
カステラいろの雛《ひよこ》らは
かの由良さんのとりまきか、
ぴよぴよぴよとよく歌ふ。
禿《は》げた金茶《きんちや》の南瓜《ボウブラ》は
九太夫どのか、伴内か、
青い蜻蛉《とんぼ》の息絶えし
おかると名づけ水くれむ。
銀の力彌の肩衣《かたぎぬ》は
いちはつぐさか、――雨がへる
ぴよいと飛び出た宙《ちう》がへり、
青い捕手《とりて》の幕切《まくぎれ》は
ええなんとせう、夜の雨に。


 苅麥のにほひ


あかい日の照る苅麥に
そつと眠れば人のこゑ、
鳥の鳴くよに、欷歔《しやく》るよに、
銀の螽斯《ジイツタン》の彈《はじ》くよに。

ひとのすがたは見えねども、
なにが悲しき、そはそはと、
黄ろい羽蟲がやはらかに
解《と》けて縺《もつ》れて欷歔《しやく》るこゑ。

あかい日のてる苅麥に、
男かへせし美代はまた
鶩《あひる》追ひつつその卵
そつと盜《と》るなり前掛《まへかけ》に。


 青い鳥


せんだんの葉越しに、
青い鳥が鳴いた。
『たつた、ひとつ知つてるよ。』つて、
さもさもうれしさうに、かなしさうに。

日の光に顫へながら、
今日《けふ》も今日《けふ》も鳴いてゐる。

『棄兒《すてご》の棄兒の TONKA JOHN
眞實《ほんと》のお母《つか》さんが、外《ほか》にある。』
 註 わが幼き時の恐ろしき疑問のひとつは、わが母は眞にわが母なりやといふにありき。ある人は汝は池のなかより生れたりと云ひ、ある人は紅き果の熟る木の枝に籠とともに下げられて泣きてゐたりしなど眞しやかに語りきかしぬ。小さき頭惱のこれが爲めに少なからず脅かされしこと今に忘れず。[#この註、2行目以降は3字下げ]
[#改頁]


TONKA JOHN の悲哀
[#改頁]


 春のめざめ


JOHN, JOHN,TONKA JOHN,
*油屋のJOHN,酒屋のJOHN,古問屋《ふつどいや》のJOHN,
我儘で派美《はで》好きな YOKARAKA JOHN
 “SORI−BATTEN!”

南風《はえ》が吹けば菜の花畑のあかるい空に、
眞赤《まつか》な眞赤な朱《しゆ》のやうな MEN [#「MEN」に「*」の著者註]が
大きな朱の凧《たこ》が自家《うち》から揚る。
“SORI−BATTEN!”

麹室《かうじむろ》の長い冬のむしあつさ、
そのなかに黒い小猫を抱いて忍び込み、
皆《みんな》して骨牌《トランプ》をひく、黄色い女王《クイン》の感じ。
“SORI−BATTEN!”

女の子とも、飛んだり跳《は》ねたり、遊びまはり、
今度《こんど》は熱病のやうに讀み耽る、
ああ、ああ、舶來のリイダアの新らしい版畫《はんぐわ》の手|觸《さは》り。
“SORI−BATTEN!”

夏の日が酒倉の冷《つめ》たい白壁に照りつけ、
ちゆうまえんだ[#「ちゆうまえんだ」に傍点]に天鵞絨葵《びらうどあふひ》の咲く
六月が來た、くちなはが堀《ほり》をはしる。
“SORI−BATTEN!”

秋のお祭がすみ、立ってゆく博多|二〇加《にわか》のあとから
戰《いくさ》のやうな酒つくりがはじまる、
金色《きんいろ》の口あたりのよい日本酒《につぽんしゆ》。
“SORI−BATTEN!”

TONKA JOHN の不思議な本能の世界が
魔法と、長崎と、和蘭陀の風景に
思ふさま張りつめる…………食慾が躍る。
“SORI−BATTEN!”

父上、母上、さうして小さい JOHN と GONSYAN.
痛《いた》いほど香ひだす皮膚から、靈魂の恐怖《おそれ》から、
眞赤《まつか》に光つて暮れる TONKA JOHN の十三歳。
“SORI−BATTEN!” “SORI−BATTEN!”
[#数字は1字下げ、説明文は3字下げ]
1.油屋、酒屋、古問屋。油屋はわが家の屋號にて、そのむかし油を鬻ぎしというにもあらず。酒造のかたはら、舊くより魚類及※[#「轂」の「車」に代えて「米」、248−7]物の問屋を業としたるが故に古問屋と呼びならはしぬ。
2.Yokaraka John.善良なる兒、柳河語。
3.朱のMen.朱色の人面の凧、その大きなるは直径十尺を超ゆ。その他は概ね和風凧の菱形のものを用ゆ。
4.Gonshan.良家の令孃。柳河語。
[#ここで字下げ終わり]


 秘密


桑の果の赤きものかげより、午後《ひるすぎ》の水面《みのも》は光り
奇異《ふしぎ》なる新らしき生活《いとなみ》に蛙らはとんぼがへりす。

ねばれる蛇の卵見ゆ、かつは臭《にほひ》のくさければ
ガメノシユブタケ[#「ガメノシユブタケ」に「*」の著者註]顰《しか》めつつ毛根を水に顫はす。…………

かなたこなたに咲く花は水
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