しどけなく張りもつらねて、
調《しら》ぶるは下司《げす》のうた、はしやげる曲馬《チヤリネ》の囃子《はやし》。

その幕の羅馬字《らうまじ》よ、くるしげに馬は嘶《いなな》き、
大喇叭《おほらつぱ》鄙《ひな》びたる笑《わらひ》してまたも挑《いど》めば
生《なま》あつき色と香《か》とひとさやぎ歎《なげ》きもつるる。

   E 不調子

われは見る汝《な》が不調《ふてう》、――萎《しな》びたる瞳の光沢《つや》に、
衰《おとろへ》の頬《ほ》ににほふおしろひの厚き化粧《けはひ》に、
あはれまた褪《あ》せはてし髪の髷《まげ》強《つよ》きくゆりに、
肉《ししむら》の戦慄《わななき》を、いや甘き欲《よく》の疲労《つかれ》を。

はた思ふ、晩夏《おそなつ》の生《なま》あつきにほひのなかに、
倦《う》みしごと縺《もつ》れ入るいと冷《ひ》やき風の吐息《といき》を。
新開《しんかい》の街《まち》は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]《さ》びて、色赤く猥《みだ》るる屋根を、
濁りたる看板《かんばん》を、入り残る窓の落日《いりひ》を。

なべてみな整《ととの》はぬ色の曲《ふし》……ただに鋭《するど》き
最高音《ソプラノ》の入り雑《まじ》り、埃《ほこり》たつ家《や》なみのうへに、
色にぶき土蔵家《どざうや》の江戸芝居《えどしばゐ》ひとり古りたる。

露《あら》はなる日の光、そがもとに三味《しやみ》はなまめき、
拍子木《へうしぎ》の歎《なげき》またいと痛《いた》し古き痍《いたで》に、
かくてあな衰《おとろへ》のもののいろ空《そら》は暮れ初む。

   F 赤き恐怖

わかうどよ、汝《な》はくるし、尋《と》めあぐむ苦悶《くもん》の瞳《ひとみ》、
秀でたる眉のゆめ、ひたかわく赤き唇《くちびる》
みな恋の響なり、熟視《みつ》むれば――調《しらべ》かなでて
火のごとき馬ぐるま燃《も》え過ぐる窓のかなたを。

はた、辻の真昼《まひる》どき、白楊《はこやなぎ》にほひわななき、
雲浮かぶ空《そら》の色|生《なま》あつく蒸しも汗《あせ》ばむ
街《まち》よ、あな音もなし、鐘はなほ鳴りもわたらね、
炎上《えんじやう》の光また眼《め》にうつり、壁ぞ狂《くる》へる。

人もなき路のべよ、しとしとと血を滴《したた》らし
胆《きも》抜《ぬ》きて走る鬼、そがあとにただに餞《う》ゑつつ
色赤き郵便函《ポスト》のみくるしげにひとり立ちたる。

かくてなほ窓の内《うち》すずしげに室《むろ》は濡《ぬ》るれど、
戸外《とのも》にぞ火は熾《さか》る、………哀《あは》れ、哀《あは》れ、棚《たな》の上《へ》に見よ、
水もなき消火器《せうくわき》のうつろなる赤き戦慄《をののき》。


  盲ひし沼

午後六時《ごごろくじ》、血紅色《けつこうしよく》の日の光
盲《めし》ひし沼にふりそそぎ、濁《にごり》の水の
声もなく傷《きずつ》き眩《くら》む生《なま》おびえ。
鉄《てつ》の匂《にほひ》のひと冷《ひや》み沁《し》みは入れども、
影うつす煙草《たばこ》工場《こうば》の煉瓦壁《れんぐわかべ》。
眼《め》も痛《いた》ましき香《か》のけぶり、機械《きかい》とどろく。

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鳴ききたる鵝島《がてう》のうから
しらしらと水に飛び入る。
[#字下げ終わり]

午後六時、また噴《ふ》きなやむ管《くだ》の湯気《ゆげ》、
壁に凭《よ》りたる素裸《すはだか》の若者《わかもの》ひとり
腕《かいな》拭《ふ》き鉄《てつ》の匂にうち噎《むせ》ぶ。
はた、あかあかと蒸気鑵《じようきがま》音《おと》なく叫び、
そこここに咲きこぼれたる芹《せり》の花、
あなや、しとどにおしなべて日ぞ照りそそぐ。

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声もなき鵞鳥《がてう》のうから
色みだし水に消え入る
[#ここで字下げ終わり]

午後六時、鵞鳥《がてう》の見たる水底《みなぞこ》は
血潮したたる沼《ぬま》の面《も》の負傷《てきず》の光
かき濁る泥《どろ》の臭《くさ》みに疲《つか》れつつ、
水死《すゐし》の人の骨のごとちらぼふなかに
もの鈍《にぶ》き鉛の魚のめくるめき、
はた浮《うか》びくる妄念《まうねん》の赤きわななき。

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逃《に》げいづる鵞鳥《がてう》のうから
鳴きさやぎ汀《みぎは》を走《はし》る。
[#ここで字下げ終わり]

午後六時、あな水底《みそこ》より浮びくる
赤きわななき――妄念の猛《たけ》ると見れば、
強き煙草に、鉄《てつ》の香《か》に、わかき男に、
顔いだす硝子《がらす》の窓の少女《をとめ》らに血潮したたり、
歓楽《くわんらく》の極《はて》の恐怖《おそれ》の日のおびえ、
顫《ふる》ひ高まる苦痛《くるしみ》ぞ朱《あけ》にくづるる。

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刹那、ふと太《ふと》く湯気《ゆげ》吐き
吼《ほ》えいづ
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