tく。

蝋《らふ》の火と懺悔《ざんげ》のくゆり
ほのぼのと、廊《らう》いづる白き衣《ころも》は
夕暮《ゆふぐれ》に言《もの》もなき修道女《しうだうめ》の長き一列《ひとつら》。
さあれ、いま、※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンの、くるしみの、
刺《さ》すがごと火の酒の、その絃《いと》のいたみ泣く。

またあれば落日《いりひ》の色《いろ》に、
夢|燃《も》ゆる、噴水《ふきあげ》の吐息《といき》のなかに、
さらになほ歌もなき白鳥《しらとり》の愁《うれひ》のもとに、
いと強き硝薬《せうやく》の、黒き火の、
地の底の導火《みちび》燬《や》き、※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンぞ狂ひ泣く。

跳《をど》り来《く》る車輌《しやりやう》の響《ひびき》、
毒《どく》の弾丸《たま》、血《ち》の烟《けむり》、閃《ひら》めく刃《やいば》、
あはれ、驚破《すは》、火とならむ、噴水《ふきあげ》も、精舎《しやうじや》も、空も。
紅《くれなゐ》の、戦慄《わななき》の、その極《はて》の
瞬間《たまゆら》の叫喚《さけび》燬《や》き、※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンぞ盲《めし》ひたる。
[#地付き]四十年十二月


  こほろぎ

微《ほの》にいまこほろぎ啼《な》ける。
日か落つる――眼《め》をみひらけば
朱《しゆ》の畏怖《おそれ》くわと照《て》りひびく。
内心《ないしん》の苦《にが》きおびえか、
めくるめく痛《いた》き日の色
眼《め》つぶれど、はた、照りひびく。

そのなかにこほろぎ啼ける。

とどろめく銃音《つゝおと》しばし、
痍《きず》つける悪《あく》のうごめき
そこここに、あるは疲《つか》れて
轢《し》きなやむ砲車《はうしや》のあへぎ、
逃げまどふ赤きもろごゑ。

そのなかにこほろぎ啼ける。

盲《めし》ひ、ゆく恋のまぼろし――
その底に疼《うず》きくるしむ
肉《ししむら》の鋭《するど》き絶叫《さけび》、
はた、暗《くら》き曲《きよく》の死《し》の楽《がく》
霊《たましひ》ぞ弾きも連《つ》れぬる。

そのなかにこほろぎ啼ける。

あなや、また呻吟《うめき》は洩《も》るる。
鉛《なまり》めく首のあたりゆ
幽界《いうかい》の呪咀《のろひ》か洩るる。
寝《ね》がへれば血に染み顫《ふる》ふ
わが敵《かたき》面《おも》ぞ死にたる。

そのなかにこほろぎ啼ける。

はた、裂《さ》くる赤き火の弾丸《たま》
た[#「た」に傍点]と笑ふ、と見る、我《われ》燬《や》き
我ならぬ獣《けもの》のつらね
真黒《まくろ》なる楽《がく》して奔《はし》る。
執念《しふねん》の闇曳き奔《はし》る。

そのなかにこほろぎ啼ける。

日や暮るる。我はや死ぬる。
野をあげて末期《まつご》のあらび――
暗《くら》き血の海に溺《おぼ》るる
赤き悲苦《ひく》、赤きくるめき、
ああ、今し、くわとこそ狂へ。

微《ほの》になほこほろぎ啼《な》ける。
[#地付き]四十年十二月


  序楽

ひと日、わが想《おもひ》の室《むろ》の日もゆふべ、
光、もののね、色、にほひ――声なき沈黙《しじま》
徐《おもむろ》にとりあつめたる室《むろ》の内《うち》、いとおもむろに、
薄暮《くれがた》のタンホイゼルの譜《ふ》のしるし
ながめて人はゆめのごとほのかにならぶ。

壁はみな鈍《にぶ》き愁《うれひ》ゆなりいでし
象《ざう》の香《か》の色まろらかに想《おもひ》鎖《さ》しぬれ、
その隅に瞳の色の窓ひとつ、玻璃《はり》の遠見《とほみ》に
冷《ひ》えはてしこの世のほかの夢の空
かはたれどきの薄明《うすあかり》ほのかにうつる。

あはれ、見よ、そのかみの苦悩《なやみ》むなしく
壁はいたみ、円柱《まろはしら》熔《とろ》けくづれて
朽《く》ちはてし熔岩《ラヴア》に埋《うも》るるポンペイを、わが幻《まぼろし》を。
ひとびとはいましゆるかに絃《いと》の弓、
はた、もろもろの調楽《てうがく》の器《うつは》をぞ執る。

暗みゆく室内《むろぬち》よ、暗みゆきつつ
想《おもひ》の沈黙《しじま》重たげに音《おと》なく沈み、
そことなき月かげのほの淡《あは》くさし入るなべに、
はじめまづ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンのひとすすりなき、
鈍色《にびいろ》長き衣《ころも》みな瞳をつぶる。

燃えそむるヴヱス※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]アス、空のあなたに
色|新《あたら》しき紅《くれなゐ》の火ぞ噴《ふ》きのぼる。
廃《すた》れたる夢の古墟《ふるつか》、さとあかる我《わが》室《むろ》の内、
ひとときに渦巻《うづま》きかへす序《じよ》のしらべ
管絃楽部《オオケストラ》のうめきより夜《よ》には入りぬる。
[#地付き]四十一年二月


  納曾利

入日のしばし、空はいま雲の震慄《おびえ》のあかあかと
鋭《
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