ゥなしみ……
はたや、また、園《その》の外《そと》ゆく
軍楽《ぐんがく》の黒《くろ》き不安《ふあん》の壊《なだ》れ落ち、夜《よ》に入る時《とき》よ、
やるせなく騒《さや》ぎいでぬる鳥獣《とりけもの》。
また、その中《なか》に、
狂《くる》ひいづる北極熊《ほつきよくぐま》の氷なす戦慄《をののき》の声《こゑ》。
その闇《やみ》に花はちる…… Whisky《ウイスキイ》 の香《か》の頻吹《しぶき》……桐の紫《むらさき》……
[#地付き]四十一年十二月
秋の瞳
晩秋《おそあき》の濡《ぬ》れにたる鉄柵《てすり》のうへに、
黄《き》なる葉の河やなぎほつれてなげく
やはらかに葬送《はうむり》のうれひかなでて、
過ぎゆきし Trombone《トロムボオン》 いづちいにけむ。
はやも見よ、暮れはてし吊橋《つりばし》のすそ、
瓦斯《がす》点《とも》る……いぎたなき馬の吐息《といき》や、
騒《さわ》ぎやみし曲馬師《チヤリネし》の楽屋《がくや》なる幕の青みを
ほのかにも掲《かゝ》げつつ、水《み》の面《も》見る女《をんな》の瞳《ひとみ》。
[#地付き]四十一年十二月
空に真赤な
空《そら》に真赤《まつか》な雲《くも》のいろ。
玻璃《はり》に真赤《まつか》な酒《さけ》の色《いろ》。
なんでこの身《み》が悲《かな》しかろ。
空《そら》に真赤《まつか》な雲《くも》のいろ。
[#地付き]四十一年五月
秋のをはり
腐《くさ》れたる林檎《りんご》のいろに
なほ青《あを》きにほひちらぼひ、
水薬《すゐやく》の汚《し》みし卓《つくゑ》に
瓦斯《がす》焜炉《こんろ》ほのかに燃《も》ゆる。
病人《やまうど》は肌《はだ》ををさめて
愁《うれ》はしくさしぐむごとし。
何《な》ぞ湿《しめ》る、医局《いきよく》のゆふべ、
見《み》よ、ほめく劇薬《げきやく》もあり。
色《いろ》冴《さ》えぬ室《むろ》にはあれど、
声《こゑ》たててほのかに燃《も》ゆる
瓦斯《がす》焜炉《こんろ》………空《そら》と、こころと、
硝子戸《がらすど》に鈍《に》ばむさびしさ。
しかはあれど、寒《さむ》きほのほに
黄《き》の入日《いりひ》さしそふみぎり、
朽《く》ちはてし秋《あき》の※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロン
ほそぼそとうめきたてぬる。
[#地付き]四十一年十二月
十月の顔
顔なほ赤《あか》し……うち曇り黄《き》ばめる夕《ゆふべ》、
『十月《じふぐわつ》』は熱《ねつ》を病《や》みしか、疲《つか》れしか、
濁《にご》れる河岸《かし》の磨硝子《すりがらす》脊《せ》に凭りかかり、
霧の中《うち》、入日《いりひ》のあとの河《かは》の面《も》をただうち眺《なが》む。
そことなき櫂《かい》のうれひの音《ね》の刻《きざ》み……
涙のしづく……頬にもまたゆるきなげきや……
ややありて麪包《パン》の破片《かけら》を手にも取り、
さは冷《ひや》やかに噛《か》みしめて、来《きた》るべき日の
味《あぢ》もなき悲しきゆめをおもふとき……
なほもまた廉《やす》き石油《せきゆ》の香《か》に噎《むせ》び、
腐《くさ》れちらぼふ骸炭《コオクス》に足も汚《よ》ごれて、
小蒸汽《こじやうき》の灰《はひ》ばみ過《す》ぎし船腹《ふなばら》に
一《ひと》きは赤《あか》く輝《かが》やきしかの※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]枠《まどわく》を忍ぶとき……
月光《つきかげ》ははやもさめざめ……涙さめざめ……
十月《じふぐわつ》の暮れし片頬《かたほ》を
ほのかにもうつしいだしぬ。
[#地付き]四十一年十二月
接吻の時
薄暮《くれがた》か、
日のあさあけか、
昼か、はた、
ゆめの夜半《よは》にか。
そはえもわかね、燃《も》えわたる若き命《いのち》の眩暈《めくるめき》、
赤き震慄《おびえ》の接吻《くちつけ》にひたと身《み》顫《ふる》ふ一刹那《いつせつな》。
あな、見よ、青き大月《たいげつ》は西よりのぼり、
あなや、また瘧《ぎやく》病《や》む終《はて》の顫《ふるひ》して
東へ落つる日の光、
大《おほ》ぞらに星はなげかひ、
青く盲《めし》ひし水面《みのも》にほ薬香《くすりが》にほふ。
あはれ、また、わが立つ野辺《のべ》の草は皆色も干乾《ひから》び、
折り伏せる人の骸《かばね》の夜《よ》のうめき、
人霊色《ひとだまいろ》の
木《き》の列《れつ》は、あなや、わが挽歌《ひきうた》うたふ。
かくて、はや落穂《おちぼ》ひろひの農人《のうにん》が寒き瞳よ。
歓楽《よろこび》の穂のひとつだに残《のこ》さじと、
はた、刈り入るる鎌の刃《は》の痛《いた》き光よ。
野のすゑに獣《けもの》らわらひ、
血に饐《す》えて汽車《きしや》鳴き過《す》ぐる。
あなあはれ、あなあはれ、
二人《ふたり》
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