も恋《こひ》しくも見え給ふわがわかきソフィヤの君《きみ》。
なになれば日もすがら今日《けふ》はかく瞑目《めつぶ》り給ふ。
美《うつ》くしきソフィヤの君《きみ》、
われ泣けば、朝な夕《ゆふ》なに、
悲《かな》しくも静《しづ》かにも見ひらき給ふ青き華《はな》――少女《をとめ》の瞳《ひとみ》。
ソフィヤの君《きみ》。
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古酒
こは邪宗門の古酒なり。近代白耳義の所謂フアンドシエクルの神経には柑桂酒の酸味に竪笛の音色を思ひ浮かべ梅酒に喇叭を嗅ぎ、甘くして辛き茴香酒にフルウトの鋭さをたづね、あるはまたウヰスキイをトロムボオンに、キユムメル、ブランデイを嚠喨として鼻音を交へたるオボイの響に配して、それそれ匂強き味覚の合奏に耽溺すと云へど、こはさる驕りたる類にもあらず。黴くさき穴倉の隅、曇りたる色硝子の※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]より洩れきたる外光の不可思議におぼめきながら煤びたるフラスコのひとつに湛ゆるは火酒か、阿刺吉か、又はかの紅毛の※[#「酉+珍のつくり」、169−8]※[#「酉+蛇のつくり」、第4水準2−90−34]の酒か、えもわかねど、われはただ和蘭わたりのびいどろの深き古色をゆかしみて、かのわかき日のはじめに秘め置きにたる様々の夢と匂とに執するのみ。
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恋慕ながし
春ゆく市《いち》のゆふぐれ、
角《かく》なる地下室《セラ》の玻璃《はり》透き
うつらふ色とにほひと
見惚《みほ》れぬ。――潤《う》るむ笛の音《ね》。
しばしは雲の縹《はなだ》と、
灯《ひ》うつる路《みち》の濡色《ぬれいろ》、
また行く素足《すあし》しらしら、――
あかりぬ、笛の音色《ねいろ》も。
古き醋甕《すがめ》と街衢《ちまた》の
物焼く薫《くゆり》いつしか
薄らひ饐《す》ゆれ。――澄みゆく
紅《あか》き音色《ねいろ》の揺曳《ゆらびき》
このとき、玻璃《はり》も真黒《まくろ》に
四輪車《しりんしや》軋《きし》るはためき、
獣《けもの》の温《ぬる》き肌《はだ》の香《か》
過《よ》ぎりぬ。――濁《にご》る夜《よ》の色。
ああ眼《め》にまどふ音色《ねいろ》の
はやも見わかぬかなしさ。
れんほ、れれつれ、消えぬる
恋慕《れんぼ》ながしの一曲《ひとふし》。
[#地付き]四十年二月
煙草
黄《き》のほてり、夢のすががき、
さはあまきうれひの華《は
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