ホ、
ほのかにも誘《さそ》はれ来《きた》る隊商《カラバン》の
鈴《すず》鳴る……あはれ、今日《けふ》もまた恐怖《おそれ》の予報《しらせ》。

はとばかり黙《つぐ》み戦《をのの》くものの息《いき》。
色天鵝絨《いろびろうど》を擦《す》るごとき裳裾《もすそ》のほかは
声もなく甘く重《おも》たき靄《もや》の闇《やみ》、
はやも王女《わうぢよ》の領《し》らすべき夜《よ》とこそなりぬ。
[#地付き]四十一年八月


  蜜の室

薄暮《くれがた》の潤《うる》みにごれる室《むろ》の内《うち》、
甘くも腐《くさ》る百合《ゆり》の蜜《みつ》、はた、靄《もや》ぼかし
色赤きいんくの罎《びん》のかたちして
ひそかに点《とも》る豆らんぷ息《いき》づみ曇る。

『豊国《とよくに》』のぼやけし似顔《にがほ》生《なま》ぬるく、
曇硝子《くもりがらす》の※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]のそと外光《ぐわいくわう》なやむ。
ものの本《ほん》、あるはちらぼふ日のなげき、
暮れもなやめる霊《たましひ》の金字《きんじ》のにほひ。

接吻《くちつけ》の長《なが》き甘さに倦《あ》きぬらむ。
そと手をほどき靄の内《うち》さぐる心地《こゝち》に、
色盲《しきまう》の瞳《ひとみ》の女《をんな》うらまどひ、
病《や》めるペリガンいま遠き湿地《しめぢ》になげく。

かかるとき、おぼめき摩《なす》る Violon《※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロン》 の
なやみの絃《いと》の手触《てさはり》のにほひの重《おも》さ。
鈍《にぶ》き毛《け》の絨氈《じゆうたん》に甘き蜜《みつ》の闇《やみ》
澱《おど》み饐《す》えつつ……血のごともらんぷは消ゆる。
[#地付き]四十一年八月


  酒と煙草に

酒《さけ》と煙草《たばこ》にうつとりと、
倦《う》めるこころを見まもれば、
それとしもなき霊《たま》のいろ
曇《くも》りながらに泣きいづる。

なにか嘆《なげ》かむ、うきうきと、
三味《しやみ》に燥《はし》やぐわがこころ。
なにか嘆《なげ》かむ、さいへ、また
霊《たま》はしくしく泣きいづる。
[#地付き]四十一年五月


  鈴の音

日は赤し、窓《まど》の上《へ》に恐怖《おそれ》の烏《からす》
ひた黙《つぐ》み暮れかかる砂漠《さばく》を熟視《みつ》む。

今日《けふ》もまたもの鈍《にぶ》き駱駝《らくだ》をつらね、

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