るな。
ある時はビーヤホールのかたかげにその慎しい音色を懐かしむこともある。しかし私には白昼夏の光のふりそそぐ日比谷公園の音楽堂の上に、凡ての満足と充実した凡ての生の歓喜とを以てその古琴独奏の矜《(ほこり)》を衆人の目前に曝すだけの勇気はない。そはあまりに無惨である。新人よ、汝の意の趣くままに、汝の心境の移りゆくままに、ある時は新しい戯曲に、小説に、パントマイムに、秋の日のはかないロマンツアに、太棹に、匈牙利《(ハンガリ)》古曲に、ピアノソロに、或は菅絃楽《オーケストラ》の高き調にゆき、銀笛を吹き、道化た面して弄玩品《おもちや》の鉄琴をもうちたたけ。さうして時々その古い一絃の古琴のうへに疲れたる汝の柔軟《しなや》かな白い手をさしのべよ。遊び尽くした小鳥の日暮れて古巣の梢にかへるやうに、日光と快楽とに倦んだ心のさみしい灯心草の陰影をもとめるやうに。
*
古い小さい緑玉《エメロウド》は水晶の函に入れて刺戟の鋭い洋酒やハシツシユの罎のうしろにそつと秘蔵して置くべきものだ。古い一絃琴は仏蘭西わたりのピアノの傍の薄青い陰影のなかにたてかけて、おほかたは静かに眺め入るべきものであ
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