謡《うた》のごとき、またほとんど同じではないか。
 ただ、彼においてはきわめて都会的な軽快味とその縦横|無碍《むげ》の機智とにずばぬけている代わり、日本の子守唄のようなほんとにしみじみとしたあの人情味には欠けていはしまいかと思われる。で、私は日本在来の民謡やそうした子守唄のありがたさをつくづくと顧みた。ただここでは委細の比較は読者にお任せする。

 私がこの集に訳出したのは「マザア・グウス」の童謡を主として、なお英米児童の間に行なわれている遊戯唄ねんねこ唄その他のものを取り混ぜた。
 翻訳するに当たっては四、五種の童謡集、楽譜等をかれこれ参照した。同一の童謡でもいろいろ歌いくずされたり、抜かしたりしてある。はなはだしいのは肝腎《かんじん》な個所で全然反対の意に変わっているのもある。そういうのは最もいいと信じたものから選択した。この集の序詩のごときはどの本をのぞいてもところどころ抜けていた。で、みんなから綜合《そうごう》してあのとおりにまとめてしまった。しかしどの聯《れん》もどの行も私の自儘《じまま》に作り足したのはない、そのままそろえて完全な一つのものとしたのである。
 元来、翻訳とい
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