民衆そのものの歌謡を決して侮ってはならない。
ことにその快活、その機智、その鋭い諷刺《ふうし》、無邪、諧謔《かいぎゃく》、豊潤な想像、それらのたぐいまれな種々相にはさすがに異常な特殊の光が満ちている。むろん、これらの中には純粋な芸術上の立場から見ると、多少の玉石|混淆《こんこう》は免れぬ。しかしこれは民謡としての紹介にはしかたのないものである。だから芸術品として見てもずいぶんいいと思うものがある代わり、ずっと品位の落ちたのも少々はある。それにしてもどうにも棄てるには惜しいなんらかの鋭さが蔵されている。で、私は拾った。ただ無批判に手当たり次第に訳したのではない。これでないと「マザア・グウス」の大体がはっきりしないからである。子供というものはそうビクビクして教育しなくともよい。私は子供の叡智《えいち》を信じている。
私はまたこれらの Nursery Rhymes を訳しながら、洋の東西を問わず子供の感情ないし感覚生活ということについてはほとんどおんなじだということに驚かされた。この中の「てんとうむし」のごときは全然日本の「からすからす」の童謡とそっくりではないか。幾つかの「ででむし」の
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