、あの場面を幻影として一つのアヴアンチユールを形成することになつてゐるが、これもまた菊池氏の手腕であつた。
併し、西鶴とてもいつもああいふ手厳しいものをのみ取扱つてはゐない。好色一代男に、『雷の鳴る時は、近寄りて頭まで隠せしこと』云々といふところがあるから、一方当時の読者と雖《いへど》も、西鶴のこの一句から様々の冒険の心を湧《わ》かしたかも知れないのである。
この句に続いて、『今思へば独身はと悲しく』といふ文句があるから、世之介も、三千七百四十二人の女の一人としての経験をばこの一句に託して、別離ののちの感慨に蜘蛛《くも》の糸のごとくに続けさせてゐるのである。
雷電の畏怖も、『近寄りて頭まで隠せしこと』の程度が好かるべく、武道伝来記の悲劇でなくて、近ごろ流行する『夫婦和合の秘訣』の一端ともなるであらう。私如き者と雖《いへども》それに異存は無い。
二
雷はその響が猛烈で、直接行動に出るときには襲撃的、爆破的であるのは、たまたま山越えなどをして大樹が無残になつて裂かれ居るのを見てもわかる。
ところがその爆撃も穉児《ちご》どもの臍《へそ》をねらふといふことになると、おな
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