○
[#ここから5字下げ]
秋山《あきやま》の樹《こ》の下《した》がくり逝《ゆ》く水《みづ》の吾《われ》こそ益《ま》さめ御思《みおもひ》よりは 〔巻二・九二〕 鏡王女
[#ここで字下げ終わり]
右の御製に鏡王女の和《こた》え奉った歌である。
一首は、秋山の木の下を隠れて流れゆく水のように、あらわには見えませぬが、わたくしの君をお慕い申あげるところの方がもっと多いのでございます。わたくしをおもってくださる君の御心よりも、というのである。
「益さめ」の「益す」は水の増す如く、思う心の増すという意がある。第三句までは序詞で、この程度の序詞は万葉には珍らしくないが、やはり誤魔化《ごまか》さない写生がある。それから、「われこそ益《ま》さめ御思《みおもひ》よりは」の句は、情緒こまやかで、且つおのずから女性の口吻《こうふん》が出ているところに注意せねばならない。特に、結句を、「御思よりは」と止めたのに無限の味いがあり、甘美に迫って来る。これもこの歌だけについて見れば恋愛情調であるが、何処か遜《へりくだ》ってつつましく云っているところに、和え歌として此歌の価値があるのであろう。試みに同じ作者が藤
前へ
次へ
全531ページ中96ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング