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天皇《すめろぎ》の御代《みよ》栄《さか》えむと東《あづま》なるみちのく山《やま》に金花《くがねはな》咲《さ》く 〔巻十八・四〇九七〕 大伴家持
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 大伴家持は、天平感宝元年五月十二日、越中国守の館で、「陸奥《みちのく》国より金《くがね》を出せる詔書を賀《ことほ》ぐ歌一首|并《ならび》に短歌」を作った。長歌は百七句ばかりの長篇で、結構も言葉も骨折ったものであり、それに反歌三つあって、此は第三のものである。一首の意は、天皇(聖武)の御代は永遠に栄える瑞象《ずいしょう》としてこのたび東《あずま》の陸奥の山から黄金が出た、というので、それを金の花が咲いたと云った。この短歌は余り細かく気を配らずに一|息《いき》にいい、言葉の技法もまた順直だから荘重に響くのであって、賀歌としてすぐれた態《たい》をなしている。結句に「かも」とか「けり」とか「やも」とかが無く、ただ「咲く」と止めたのも此《この》場合|甚《はなは》だ適切である。此等の力作をなすに当り、家持は知《し》らず識《し》らず人麿・赤人等先輩の作を学んで居る。
 続紀《
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