「逢はむ日をその日と知らず常闇《とこやみ》にいづれの日まで吾《あれ》恋ひ居らむ」(同・三七四二)などにあるように、「天地の神」とか、「常闇」とか詠込んでいるが、それほど響かないのは、おとなしい人であったのかも知れない。
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帰《かへ》りける人《ひと》来《きた》れりといひしかばほとほと死《し》にき君かと思ひて 〔巻十五・三七七二〕 狭野茅上娘子
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娘子《おとめ》が宅守《やかもり》に贈った歌であるが、罪をゆるされて都にお帰りになった人が居るというので、嬉しくて死にそうでした、それがあなたかと思って、というのであるが、天平十二年罪を赦《ゆる》されて都に帰った人には穂積朝臣老《ほづみのあそみおゆ》以下数人いるが、宅守はその中にはいず、続紀《しょくき》にも、「不[#レ]在[#二]赦限[#一]」とあるから、此時宅守が帰ったのではあるまい。この「殆《ほとほ》と死にき」をば、殆《あやう》しの意にして、胸のわくわくしたと解する説もあり、私も或時《あるとき》にはそれに従った。併し、「天の火もがも」を肯定するとすると、「ほとほと死に
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