つのである。「汝は何《あ》どか思ふ」と促すところは、会話の語気その儘《まま》であるので感じに乗ってくるのである。「吾をぞも汝に依《よ》すとふ、汝はいかに思《も》ふや」(巻十三・三三〇九)という長歌の句は、この東歌に比して間が延びて居るように感ずるのである。
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高《たか》き峰《ね》に雲《くも》の着《つ》く如《の》す我《われ》さへに君《きみ》に着《つ》きなな高峰《たかね》と思《も》ひて 〔巻十四・三五一四〕 東歌
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高い山に雲が着くように、私までも、あなたに着きましょう、あなたを高い山だとおもって、というので、何か諧謔《かいぎゃく》の調のあるのは、親しみのうちに大勢してうたえるようにも出来ており、民謡特有の無遠慮な直接性があるのである。高峰を繰返してもいるが、結句の「高峰ともひて」には親しい甘いところがあっていい。
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我《あ》が面《おも》の忘《わす》れむ時《しだ》は国《くに》溢《はふ》り峰《ね》に立《た》つ雲《くも》を見《み》つつ偲《しぬ》ばせ 〔巻十四・三五一
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