来鳴き響《とよ》むる」(同・三七八〇)等の心持を参照すれば、此歌の背後にある恋愛情調をも感じ得るのである。つまり誰かを待つという情調であろう。そして信濃国でこういう歌が労働のあいまなどに歌われたものであろう。民謡だから自分等のうたう歌に地名を入れるので、他にも例が多く、必ずしも※[#「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2−88−38]旅にあって詠んだとせずともいいであろう。「アラノ」(安良能)といって「アラヌ」(安良努)と云わなかったのは、この歌ではアラノと発音していたことが分かる。一種の地方|訛《なまり》であっただろう。この歌の調子はほかの東歌と似ていないが、こういう歌をも信濃でうたっていたと解釈すべきで、共に日本語だから共通していて毫《ごう》もかまわぬのである。賀茂真淵《かものまぶち》が、この歌を模倣して、「信濃なる菅の荒野を飛ぶ鷲《わし》の翼《つばさ》もたわに吹く嵐《あらし》かな」と詠《よ》んだが、未だ万葉調になり得なかった。「吹く嵐かな」などという弱い結句は万葉には絶対に無い。

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天《あま》の原《はら》富士《ふじ》の柴山《し
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