て、下の句は全く同じであり、風早の三穂は風早を風の強いことに解し、三穂を駿河《するが》の三保だとせば、どちらかが原歌で、伝誦せられて行った近国の地名に変形したもので、巻七の歌の方が原歌らしくもある。併《しか》し、此等の東歌というのも、やはり東国で民謡として行われていたことは確かであろう。仙覚抄《せんがくしょう》に、「ヨソヘヨメル心アルベシ」云々とあるのは、民謡的なものに感じての説だとおもう。
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筑波嶺《つくばね》に雪《ゆき》かも降《ふ》らる否《いな》をかも愛《かな》しき児《こ》ろが布《にぬ》乾《ほ》さるかも 〔巻十四・三三五一〕 東歌
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常陸国《ひたちのくに》の歌という左注が附いている。一首の意は、白く見えるのは筑波山にもう雪が降ったのか知ら、いやそうではなかろう、可哀《かあ》いい娘が白い布《ぬの》を干しているのだろう、というほどの意で、「否をかも」は「否かも」で「を」は調子のうえで添えたもの、文法では感歎詞の中に入れてある。「相見ては千歳や去《い》ぬる否《いな》をかも我や然《しか》念ふ君待ちがてに」(巻十一
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