くきや」等と評したのであったが、やはり従来の解釈(略解・古義等)の方が穏当であった。併し新派和歌当時の万葉鑑賞の有様を参考のために示そうとしてここに引用したのである。

           ○

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川《かは》の瀬《せ》の石《いし》ふみ渡《わた》りぬばたまの黒馬《くろま》の来《く》る夜《よ》は常《つね》にあらぬかも 〔巻十三・三三一三〕 作者不詳
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 長歌の反歌で、長歌は、「こもりくの泊瀬小国《はつせをぐに》に、よばひせす吾がすめろぎよ」云々という女の歌である。この短歌は、川瀬の石を踏渡って私のところに黒馬の来る晩はいつでも変らずこうあらぬものか、毎晩御通いになることを御願しております、というので、「常にあらぬかも」は疑問をいって、願望になっているのである。「我が命も常にあらぬか昔見し象《きさ》の小河《をがは》を行きて見むため」(巻三・三三二)の「常にあらぬか」がやはりそうである。巻四(五二五)、坂上郎女《さかのうえのいらつめ》の、「佐保河の小石《こいし》[#「小石」の左に「さざれ」の注記]踏み渡りぬばたまの黒馬の来る夜は年にもあらぬか」は
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