「幼婦《をとめご》は」といったので、これは「わたくしは」というのと同じだが、客観的に「幼婦は」というのに却《かえ》って親しみがあるようであり、「幼婦《をとめご》」というから此歌がおもしろいのである。

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今《いま》は吾《あ》は死《し》なむよ我背《わがせ》恋《こひ》すれば一夜《ひとよ》一日《ひとひ》も安《やす》けくもなし 〔巻十二・二九三六〕 作者不詳
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 一首の意は、あなたよ、もう私は死んでしまう方が益《ま》しです、あなたを恋すれば日は日じゅう夜は夜じゅう心の休まることはありませぬ、というので、女が男に愬《うった》えた趣《おもむき》の歌である。「死なむよ」は、「死なむ」に詠歎の助詞「よ」の添わったもので、「死にましょう」となるのであるが、この詠歎の助詞は、特別の響を持ち、女が男に愬える言葉としては、甘くて女の声その儘《まま》を聞くようなところがある。この歌を選んだのは、そういう直接性が私の心を牽《ひ》いたためであるが、後世の恋歌になると、文学的に間接に堕《お》ち却って悪くなった。
 巻四(六八四)、大伴坂上郎女の
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