の歌だが、後に大伴坂上郎女《おおとものさかのうえのいらつめ》が此歌を模倣して、「青山を横ぎる雲のいちじろく吾と笑《ゑ》まして人に知らゆな」(巻四・六八八)という歌を作った。これも面白いが、巻十一の歌ほど身体的で無いところに差違があるから、どちらがよいか鑑別せねばならない。
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道のべのいつしば原《はら》のいつもいつも人の許さむことをし待《ま》たむ 〔巻十一・二七七〇〕 作者不詳
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この歌は、「人の許《ゆる》さむことをし待たむ」というのが好いので選んだ。男が女の許すのを待つ、気長に待つ気持の歌で、こういう心情もまた女に対する恋の一表現である。この巻の、「梓弓《あづさゆみ》引きてゆるさずあらませばかかる恋にはあはざらましを」(巻十一・二五〇五)は、女の歌で、やはり身を寄せたことを「許す」と云っている。なお、巻十二(三一八二)に、「白妙の袖の別《わかれ》は惜しけども思ひ乱れて赦《ゆる》しつるかも」というのがある。この、「赦す」は稍《やや》趣《おもむき》が違うが、つまりは同じことに帰着するのである。
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