すら妹《いも》と背《せ》ありとふをただ独《ひと》り子《ご》にあるが苦しさ」(巻六・一〇〇七)がある。一首は、取りたててそう優れているという程ではないが、感情がとおって居り、「目すらを」と云って、「目」に集注したいい方に注意したのであった。こういういい方は、憶良の、「たらちしの母が目見ずて」(巻五・八八七)はじめ、他にも例があり、なお、「人の寝る味眠《うまい》は寝ずて」(巻十三・三二七四)等の用例を参考とすることが出来る。

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朝影《あさかげ》に吾《わ》が身《み》はなりぬ玉《たま》耀《かぎ》るほのかに見《み》えて去《い》にし子《こ》故《ゆゑ》に 〔巻十一・二三九四〕 柿本人麿歌集
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 同上、人麿歌集出。「朝影」というのは、朝はやく、日出後間もない日の光にうつる影が、細長くて恰《あたか》も恋に痩せた者のようだから、そのまま取って、「朝影になる」という云い方をしたのである。その頃の者は朝早く女の許《もと》から帰るので、こういう実際を幾たびも経験してこういう語を造るようになったのは興味ふかいことである。「玉かぎる」は玉の
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