光明皇后
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 藤皇后《とうこうごう》(光明《こうみょう》皇后)が聖武天皇に奉られた御歌である。皇后は藤原|不比等《ふひと》の女、神亀元年二月聖武天皇夫人。ついで、天平元年八月皇后とならせたまい、天平宝字四年六月崩御せられた。御年六十。この美しく降った雪を、若しお二人で眺めることが叶《かな》いましたならば、どんなにかお懽《うれ》しいことでございましょう、というのである。斯《か》く尋常に、御おもいの儘、御会話の儘を伝えているのはまことに不思議なほどである。特に結びの、「懽《うれ》しからまし」の如き御言葉を、皇后の御生涯と照らしあわせつつ味い得るということの、多幸を私等はおもわねばならぬのである。「見ませば」は、「草枕旅ゆく君と知らませば」(巻一・六九)、「悔しかも斯く知らませば」(巻五・七九七)、「夜わたる月にあらませば」(巻十五・三六七一)等の例と同じく、マセはマシという助動詞の将然段に条件づけた云い方で、知らましせば、あらましせば、見ましせばぐらいの意であろうか。精《くわ》しいことは専門の書物にゆずる。なお「あしひきの山より来《き》せば」(巻十・二一四八)も参考
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