死去したのであろう。此一首は天平十年冬、橘宿禰奈良麿《たちばなのすくねならまろ》の邸で宴をした時諸人が競《きそ》うて歌を詠《よ》んだ。皆|黄葉《もみじ》を内容としているが書持の歌い方が稍《やや》趣《おもむき》を異《こと》にし、夜なかに川瀬に黄葉の流れてゆく写象を心に浮べて、「今夜《こよひ》もか浮びゆくらむ」と詠歎している。ほかの人々の歌に比して、技巧の足りない穉拙《ちせつ》のようなところがあって、何時《いつ》か私の心を牽《ひ》いたものだが、今読んで見ても幾分象徴詩的なところがあっておもしろい。また所謂《いわゆる》万葉的|常套《じょうとう》を脱しているのも注意せらるべく、万葉末期の、次の時代への移行型のようなものかも知れぬが、そういう種類の一つとして私は愛惜《あいせき》している。そして天平十年が家持《やかもち》二十一歳だとせば、書持はまだ二十歳にならぬ頃に作った歌ということになる。
書持の兄、家持が天平勝宝二年に作った歌に、「夜くだちに寝覚《ねさ》めて居れば河瀬《かはせ》尋《と》め情《こころ》もしぬに鳴く千鳥かも」(巻十九・四一四六)というのがある。この「河瀬尋め」あたりの観照の具合に
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