らつゆ》の置《お》くこの庭《には》に蟋蟀《こほろぎ》鳴《な》くも〔巻八・一五五二〕 湯原王
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 湯原王《ゆはらのおおきみ》の蟋蟀《こおろぎ》の歌で、夕方のまだ薄い月の光に、白露のおいた庭に蟋蟀が鳴いている。それを聞くとわが心も萎々《しおしお》とする、というのである。後世の歌なら、助詞などが多くて弛《たる》むところであろうが、そこを緊張せしめつつ、句と句とのあいだに、間隔を置いたりして、端正で且つ感の深い歌調を全《まっと》うしている。「心も萎《しぬ》に」は、直ぐ、「白露の置く」に続くのではなく、寧ろ、「蟋蟀鳴く」に関聯しているのだが、そこが微妙な手法になっている。いずれにしても、分かりよくて、平凡にならなかった歌である。

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あしひきの山《やま》の黄葉《もみぢば》今夜《こよひ》もか浮《うか》びゆくらむ山川《やまがは》の瀬《せ》に 〔巻八・一五八七〕 大伴書持
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 大伴|書持《ふみもち》の歌である。書持は旅人の子で家持の弟に当る。天平十八年に家持が書持の死を痛んだ歌を作っているから大体その年に
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