を発し、西流している川で今は巻向川と云っているが、当時は痛足《あなし》川とも云っただろう。近くに穴師《あなし》(痛足)の里がある。由槻《ゆつき》が岳《たけ》は巻向山の高い一峰だというのが大体間違ない。一首の意は、痛足河に河浪が強く立っている。恐らく巻向山の一峰である由槻が岳に、雲が立ち雨も降っていると見える、というので、既に由槻が岳に雲霧の去来しているのが見える趣《おもむき》である。強く荒々しい歌調が、自然の動運をさながらに象徴すると看《み》ていい。第二句に、「立ちぬ」、結句に「立てるらし」と云っても、別に耳障《みみざわ》りしないのみならず、一首に三つも固有名詞を入れている点なども、大胆《だいたん》なわざだが、作者はただ心の儘《まま》にそれを実行して毫《ごう》もこだわることがない。そしてこの単純な内容をば、荘重な響を以て統一している点は実に驚くべきで、恐らくこの一首は人麿自身の作だろうと推測することが出来る。結句、原文「雲居立有良志」だから、クモヰタテルラシと訓んだが、「有」の無い古鈔本もあり、従ってクモヰタツラシとも訓まれている。この訓もなかなか好いから、認容して鑑賞してかまわない。
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