化に直接接したから、此思想も彼には身に即《つ》いていて切実なものであったに相違ない。そこで此一首の調べも、重厚で、浮々していないし、また憶良の歌にしては連続流動的声調を持っているが、ただ後代の吾等にとっては稍大づかみに響くというだけである。結句原文、「名者不立之而」は旧訓ナハ・タタズシテであったのを、古義でナハ・タテズシテと訓んだ。旧訓の方が古調のようである。
 巻十九に、大伴家持が此歌に追和した長歌と短歌が載っている。長歌の方に、「あしひきの八峯《やつを》踏み越え、さしまくる情《こころ》障《さや》らず、後代《のちのよ》の語りつぐべく、名を立つべしも」(四一六四)とあり、短歌の方に、「丈夫《ますらを》は名をし立つべし後の代に聞き継ぐ人も語りつぐがね」(四一六五)とある。家持は憶良の此一首をも尊敬していたことが分かる。

           ○

[#ここから5字下げ]
振仰《ふりさ》けて若月《みかづき》見《み》れば一目《ひとめ》見《み》し人《ひと》の眉引《まよびき》おもほゆるかも 〔巻六・九九四〕 大伴家持
[#ここで字下げ終わり]
 大伴家持の作った、初月《みかづき》の歌である。大
前へ 次へ
全531ページ中268ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング