ゑかも 〔巻六・九二四〕 山部赤人
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 聖武天皇神亀二年夏五月、芳野離宮に行幸の時、山部赤人の作ったものである。「象山《きさやま》」は芳野離宮の近くにある山で、「際《ま》」は「間《ま》」で、間《あいだ》とか中《なか》とかいう意味になる。「奈良の山の山の際《ま》にい隠るまで」(巻一・一七)という額田王の歌の「山の際」も奈良山の連なって居る間にという意。此処では、象山の中に立ち繁っている樹木というのに落着く。
 一首の意は、芳野の象山の木立の繁みには、実に沢山の鳥が鳴いて居る、というので、中味は単純であるが、それだけ此処に出ている中味が磨《みがき》をかけられて光彩を放つに至っている。この歌も前の歌の如く下半に中心が置かれ、「ここだも騒ぐ鳥の声かも」に作歌|衝迫《しょうはく》もおのずから集注せられている。この光景に相対《あいたい》したと仮定して見ても、「ここだも騒ぐ鳥の声かも」とだけに云い切れないから、此歌はやはり優れた歌で、亡友島木赤彦も力説した如く、赤人傑作の一つであろう。「幾許《ここだ》」という副詞も注意すべきもので、集中、「神柄《かむから》か幾許《ここだ》尊き
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