「筑前国守山上憶良上」をば、憶良自身の妻の死を悼んだ歌を旅人に示したものとして、「大伴卿も同じ思ひに歎かるゝころなれば、かの卿に見せられけるなるべし」(攷證)というのであるが、ただそれだけでは証拠不充分であるし、憶良の妻が筑紫で歿したという記録が無いのだから、これを以て直ぐ憶良の妻の死を悼んだのだと断定するわけにも行かぬのである。併し全体が、自分の妻を哀悼するような口吻であるから、茲に両説が対立することとなるのであるが、鑑賞者は、憶良が此歌を作っても、旅人の妻の死を旅人が歎いているという心持に仮りになって味えば面倒ではないのである。

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妹《いも》が見《み》し楝《あふち》の花《はな》は散《ち》りぬべし我《わ》が泣《な》く涙《なみだ》いまだ干《ひ》なくに 〔巻五・七九八〕 山上憶良
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 前の歌の続《つづき》で、憶良が旅人の心に同化して旅人の妻を悼んだものである。楝《おうち》は即ち栴檀《せんだん》で、初夏のころ薄紫の花が咲く。
 一首の意は、妻の死を悲しんで、わが涙の未だ乾かぬうちに、妻が生前喜んで見た庭前の楝《おう
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