、「行く」に続く意味のある序詞だと解した。そして誰が「行く」のかといえば、「人」が行くのであって、これは長歌の方で、「人さはに国には満ちて、あぢ群の去来《ゆきき》は行けど、吾が恋ふる君にしあらねば」とあるのに拠っても分かる。即ち、あじ群の騒ぎ行くように人等が行くけれどもと解釈したのであって、その方が寧ろ古調だとおもうのである。
 私はこの御製を、素朴な抒情詩の優れたものとして選んだ。特に、「あぢむら騒ぎ」という句に心を牽《ひ》かれたのであった。こういう実景を見つつ、その写象によって序詞を作ったのを感心したためであった。もっとも、此用法は、「奥べには鴨妻|喚《よ》ばひ、辺《へ》つべに味《あぢ》むら騒ぎ」(巻三・二五七)、「なぎさには味むら騒ぎ」(巻十七・三九九一)の如く実際味むらの居る処として表わしたものもあり、「あぢむらの騒ぎ競《きほ》ひて浜に出でて」(巻二十・四三六〇)のごとく、実際あじ群の居るのでなく、枕詞に使った処もあるが、いずれにしても古風な気持の好い用い方である。ことに、短歌の方で、単に「行くなれど」と云って、長歌の方の、「人さはに」という主格をも含めた用法にも感心したのであ
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