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憶良等《おくらら》は今《いま》は罷《まか》らむ子《こ》哭《な》くらむその彼《か》の母《はは》も吾《わ》を待《ま》つらむぞ 〔巻三・三三七〕 山上憶良
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 山上憶良臣《やまのうえのおくらのおみ》宴《うたげ》を罷《まか》る歌一首という題がある。憶良は、大宝元年遣唐使に従い少録として渡海、慶雲元年帰朝、霊亀二年|伯耆《ほうき》守、神亀三年頃筑前守、天平五年の沈痾自哀《ちんあじあい》文(巻五・八九七)には年七十四と書いてある。この歌は多分筑前守時代の作で、そして、この前後に、大伴旅人、沙弥満誓、防人司佑大伴四綱《さきもりのつかさのすけおおとものよつな》の歌等があるから、太宰府に於ける宴会の時の歌であろう。
 一首の意味は、この憶良はもう退出しよう。うちには子どもも泣いていようし、その彼等の母(即ち憶良の妻)も待っていようぞ、というのである。「其彼母毛」は、ソノカノハハモと訓み、「その彼《か》の(子供の)母も」という意味になる。
 憶良は万葉集の大家であるが、飛鳥《あすか》朝、藤原朝あたりの歌人のものに親しんで来た眼には、急に変ったものに
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