文法的には疑問の助詞だが、斯く疑うのは希《ねが》う心があるからで、結局同一に帰する。「苦しくも降りくる雨か」でも同様である。この歌も分かり易い歌だが、平俗でなく、旅人の優れた点をあらわし得たものであろう。哀韻もここまで目立たずに籠《こも》れば、歌人として第一流と謂っていい。やはり旅人の作に、「昔見し象《きさ》の小河を今見ればいよよ清《さや》けくなりにけるかも」(巻三・三一六)というのがある。これは吉野宮行幸の時で、聖武天皇の神亀元年だとせば、「わが命も」の歌よりも以前で、未だ太宰府に行かなかった頃の作ということになる。
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しらぬひ筑紫《つくし》の綿《わた》は身《み》につけていまだは着《き》ねど暖《あたた》けく見ゆ 〔巻三・三三六〕 沙弥満誓
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沙弥満誓《さみのまんぜい》が綿《わた》を詠じた歌である。満誓は笠朝臣麻呂《かさのあそみまろ》で、出家して満誓となった。養老七年満誓に筑紫の観世音寺を造営せしめた記事が、続日本紀《しょくにほんぎ》に見えている。満誓の歌としては、「世の中を何《なに》に譬《たと》へむ朝びらき
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