い出されます。
この歌は、独詠的の追懐であるか、或は対者にむかってこういうことを云ったものか不明だが、単純な独詠ではないようである。意味の内容がただこれだけで取りたてていうべき曲が無いが、単純素朴のうちに浮んで来る写象は鮮明で、且つその声調は清潔である。また単純な独詠歌でないと感ぜしめるその情味が、この古調の奥から伝わって来るのをおぼえるのである。この古調は貴むべくこの作者は凡ならざる歌人であった。
歌の左注に、山上憶良《やまのうえのおくら》の類聚歌林《るいじゅうかりん》に、一書によれば、戊申年《つちのえさるのとし》、比良宮に行幸の時の御製云々とある。この戊申の歳を大化四年とすれば、孝徳天皇の御製ということになるが、今は額田王の歌として味うのである。題詞等につき、万葉の編輯当時既に異伝があったこと斯くの如くである。
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熟田津《にぎたづ》に船乗《ふなの》りせむと月待《つきま》てば潮《しほ》もかなひぬ今《いま》は榜《こ》ぎ出《い》でな 〔巻一・八〕 額田王
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斉明天皇が(斉明天皇七年正月)新羅《しらぎ》を討ち
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