である。そして人麿はこういうところを歌うのに決して軽妙には歌っていない。飽くまで実感に即して執拗《しつよう》に歌っているから軽妙に滑《すべ》って行かないのである。
 第三句ミダレドモは古点ミダルトモであったのを仙覚はミダレドモと訓んだ。それを賀茂真淵はサワゲドモと訓み、橘守部はサヤゲドモと訓み、近時この訓は有力となったし、「ササ[#「ササ」に白丸傍点]の葉はみ山もサヤ[#「サヤ」に白丸傍点]にサヤ[#「サヤ」に白丸傍点]げども」とサ音で調子を取っているのだと解釈しているが、これは寧《むし》ろ、「ササ[#「ササ」に白丸傍点]の葉はミヤマ[#「ミヤマ」に二重丸傍点]もサヤ[#「サヤ」に白丸傍点]にミダレ[#「ミダレ」に二重丸傍点]ども」のようにサ音とミ音と両方で調子を取っているのだと解釈する方が精《くわ》しいのである。サヤゲドモではサの音が多過ぎて軽くなり過ぎる。次に、万葉には四段に活かせたミダルの例はなく、あっても他動詞だから応用が出来ないと論ずる学者(沢瀉博士)がいて、殆ど定説にならんとしつつあるが、既にミダリニの副詞があり、それが自動詞的に使われている以上(日本書紀に濫・妄・浪等を当
前へ 次へ
全531ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング