《のびのび》とした調べはこの歌にふさわしい形態をなした。「いや重《し》け吉事《よごと》」は、益々吉事幸福が重なれよというので、名詞止めにしたのも、やはりおのずからなる声調であろうか。また、「吉事《よごと》」という語を使ったのも此歌のみのようである。謝恵連の雪賦に、盈[#レ]尺[#(ニ)]則呈[#二]瑞[#(ヲ)]於豊年[#一]云々の句がある。
此歌は新年の吉祥歌であるばかりでなく、また万葉集最後の結びであり、万葉集編輯の最大の功労者たる家持の歌だから、特に選んで置いたのであるが、この「万葉秀歌」で、最初に選んだ、「たまきはる宇智の大野に馬なめて」の歌に比して歌品の及ばざるを私等は感ぜざることを得ない。家持の如く、歌が好きで勉強家で先輩を尊び遜《へりくだ》って作歌を学んだ者にしてなお斯《か》くの如くである。万葉初期の秀歌というもののいかなるものだかということはこれを見ても分かるのである。
万葉後期の歌はかくの如くであるが、若しこれを古今集以後の幾万の歌に較《くら》べるならば、これはまた徹頭徹尾|較《くら》べものにはならない。それほど万葉集の歌は佳いものである。家持のこの歌は万葉集最後のものだが、代匠記に、「抑《そもそも》此集、初《はじめ》ニ雄略舒明両帝ノ民ヲ恵マセ給ヒ、世ノ治マレル事ヲ悦ビ思召ス御歌ヨリ次第ニ載《のせ》テ、今ノ歌ヲ以テ一部ヲ祝ヒテ終《ヲ》ヘタレバ、玉匣《たまくしげ》フタミ相|称《カナ》ヘル験《しるし》アリテ、蔵ス所《ところ》世ヲ経テ失《うせ》サルカナ」と云っている。
底本:「万葉秀歌 上巻」岩波新書、岩波書店
1938(昭和13)年11月20日第1刷発行
1953(昭和28)年7月23日第22刷改版発行
1968(昭和43)年11月25日第44刷改版発行
2002(平成14)年8月26日第92刷発行
「万葉秀歌 下巻」岩波新書、岩波書店
1938(昭和13)年11月20日第1刷発行
1948(昭和23)年1月20日第10刷改版発行
1954(昭和29)年1月7日第23刷改版発行
1968(昭和43)年12月25日第41刷改版発行
2002(平成14)年9月5日第87刷発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2008年7月23日作成
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