しきにおくれゐて君に恋ひつつ顕《うつ》しけめやも」(巻十五・三七五二)という、狭野茅上娘子《さぬのちがみのおとめ》の歌は全くこの歌の模倣である。おもうに当時の歌人等は、家持《やかもち》などを中心として、古歌を読み、時にはかく露骨に模倣したことが分かり、模倣心理の昔も今もかわらぬことを示している。「丹波道《たにはぢ》の大江《おほえ》の山の真玉葛《またまづら》絶えむの心我が思はなくに」(巻十二・三〇七一)というのも序詞の一形式として書いておく。
 以上で巻十二の選は終ったが、従属的にして味ってもいいものが若干首あるから序《ついで》に書記《かきしる》しておこう。たいして優れた歌ではない。
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死なむ命|此《ここ》は念《おも》はずただにしも妹に逢はざる事をしぞ念《おも》ふ (巻十二・二九二〇)
各自《おのがじし》ひと死《しに》すらし妹に恋ひ日《ひ》に日《け》に痩《や》せぬ人に知らえず (同・二九二八)
うまさはふ目には飽けども携《たづさ》はり問はれぬことも苦しかりけり (同・二九三四)
思ふにし余りにしかば術《すべ》を無み吾はいひてき忌《い》むべきものを (同二九四七)
現身《うつせみ》の常の辞《ことば》とおもへども継《つ》ぎてし聞けば心|惑《まど》ひぬ (同・二九六一)
あしひきの山より出づる月待つと人にはいひて妹待つ吾を (同・三〇〇二)
夕月夜《ゆふづくよ》あかとき闇のおぼほしく見し人ゆゑに恋ひわたるかも (同・三〇〇三)
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巻第十三

           ○

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相坂《あふさか》をうち出《い》でて見《み》れば淡海《あふみ》の海《み》白木綿花《しらゆふはな》に浪《なみ》たちわたる 〔巻十三・三二三八〕 作者不詳
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 長歌の反歌で、長歌は、「山科《やましな》の石田《いはた》の森の、皇神《すめがみ》に幣帛《ぬさ》とり向けて、吾は越えゆく、相坂《あふさか》山を」云々。もう一つのは、「我妹子に淡海《あふみ》の海《うみ》の、沖つ浪来寄す浜辺を、くれぐれと独ぞ我が来し、妹が目を欲り」云々というので、大和から近江の恋人の処に通う趣の歌である。この短歌の意味は、相坂《おうさか》(逢坂)山を越えて、淡海《おうみ》の湖水の見えるところに来ると、白木綿《しらゆう》で作った花のように白い浪が立っている、というので、大きい流動的な調子で歌っている。この調子は、はじめて湖の見え出した時の感じに依るもので、従って恋人に近づいたという情緒《じょうちょ》にも関聯するのである。そこで、「うち出でて見れば」と云って、「浪たちわたる」と結んでいるのである。即ちこの歌では「見れば」が大切だということになり、源実朝《みなもとのさねとも》の、「箱根路をわが越え来れば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」との比較の時にも伊藤左千夫がそう云っている。実際、万葉の此歌に較《くら》べると実朝の歌が見劣《みおと》りのするのは、第一声調がこの歌ほど緊張していないからであった。この歌は、「白木綿花(神に捧げる幣《ぬさ》の代用とした造花)に」などと現代の人の耳に直ぐには合わないような事を云っているが、はじめて見え出した湖に対する感動が極めて自然にあらわれているのが好いのである。第三句は、アフミノミでもアフミノウミでもどちらでも好い。それから、「淡海の海」と、「伊豆の海や」との比較にもなるのであるが、やはり「淡海の海」とした方がまさっているだろう。次にこの歌では、「相坂をうち出でて見れば」と云っているが、これを赤人の、「田児の浦ゆうち出でて見れば」と比較することも出来る。「打出でて見れば」は「打出の浜」という名とは関係なく、若《も》しあっても後世の命名であろう。

           ○

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敷島《しきしま》の日本《やまと》の国《くに》に人《ひと》二人《ふたり》ありとし念《も》はば何《なに》か嗟《なげ》かむ 〔巻十三・三二四九〕 作者不詳
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 一首の意は、若しもこの日本の国にあなたのような方がお二人おいでになると思うことが出来ますならば、何《どう》してこんなに嗟《なげ》きましょう。恋しいあなたが唯《ただ》お一人のみゆえこんなにも悲しむのです、というので、この歌の「人」は貴方《あなた》というぐらいの意味である。この歌は女としての心の働き方が特殊で、今までの相聞歌の心の動き方と違うところがあっていい。この歌の長歌は、「敷島の大和の国に、人さはに満ちてあれども、藤波の思ひ纏《まつ》はり、若草の思ひつきにし、君が目に恋ひやあかさむ、長きこの夜を」(三二四八)というので、この反歌と余り即《つ》き過ぎぬところが旨《うま》いものである。この長歌の「人」は
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