り》通はむ (同・三五四九)
塩船《しほぶね》の置かれば悲しさ寝つれば人言《ひとごと》しげし汝《な》を何《ど》かも為《し》む (同・三五五六)
悩《なやま》しけ人妻《ひとづま》かもよ漕《こ》ぐ船の忘れは為無《せな》な弥《いや》思《も》ひ増すに (同・三五五七)
彼《か》の児ろと宿《ね》ずやなりなむはた薄裏野《すすきうらぬ》の山に月《つく》片寄《かたよ》るも (同・三五六五)
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巻第十五

           ○

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あをによし奈良《なら》の都《みやこ》にたなびける天《あま》の白雲《しらくも》見《み》れど飽《あ》かぬかも 〔巻十五・三六〇二〕 作者不詳
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 新羅《しらぎ》に使に行く入新羅使以下の人々が、出帆の時には別《わかれ》を惜しみ、海上にあっては故郷を懐《おも》い、時には船上に宴を設けて「古歌」を吟誦した。その古歌幾つかが纏《まと》まって載っているが、此歌もその一つで雲を詠じた歌だと注してある。一首は、奈良の都の上にたなびいて居る、天の白雲の豊大な趣を讃美した歌であるが、作者も分からず、どういう時に詠《よ》んだものかも分かっていない。ただ雲を詠んだものとして、豊かな大きい調子があるので吟誦にも適し、また奈良の家郷を偲《しの》ぶのにふさわしいものとして選ばれたものであろう。この新羅使は天平八年であるが、その時にもうこの歌の如きは古調に響いたのであったのかも知れない。此処に、人麿作五つばかり幾らか変化しつつ載って居り、左注でその事を注意しているところを見ると、この歌も、上の句の、「あをによし奈良の都に」の句は変化したもので、原作は、「奈良の都に」などでなく、山のうえとか海上とか、或は序詞などで続けたものか、そういうものだったかも知れない。いずれにしても、「天の白雲見れど飽かぬかも」の句は形式的な感じもあるが、なかなかよいものである。

           ○

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わたつみの海《うみ》に出《い》でたる飾磨河《しかまがは》絶《た》えむ日にこそ吾《あ》が恋《こひ》止《や》まめ 〔巻十五・三六〇五〕 作者不詳
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 この歌も新羅使の一行が、船上で「古歌」として吟誦したもので、恋の歌と注してある。「飾磨《しかま》河」は播磨《はりま》で、今姫路市
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