五〕 東歌
[#ここで字下げ終わり]
あなたが旅にあって、若《も》しも私の顔をお忘れになるような時は、国に溢《あふ》れて立つ雲の峰を御覧になっておもい出して下さいませ、というので、これは寄[#レ]雲恋というように分類しているが、雲の峰を常に見ているのでこういう聯想になったものであろう。この誇張らしいいい方《かた》は諧謔《かいぎゃく》でない重々しいところがあるので感が深いようである。この歌の次の、「対馬《つしま》の嶺《ね》は下雲《したぐも》あらなふ上《かむ》の嶺《ね》にたなびく雲を見つつ偲ばも」(巻十四・三五一六)は、男の歌らしいから、防人《さきもり》の歌ででもあって、前のは防人の妻ででもあろうか。なお、「面形《おもがた》の忘れむ時《しだ》は大野《おほぬ》ろにたなびく雲を見つつ偲ばむ」(同・三五二〇)も類似の歌であるが、この「国溢り」の歌が一番よい。なお、「南吹き雪解《ゆきげ》はふりて、射水がはながる水泡《みなわ》の」(巻十八・四一〇六)、「射水《いみづ》がは雪解|溢《はふ》りて、行く水のいやましにのみ、鶴《たづ》がなくなごえの菅《すげ》の」(同・四一一六)の例もあり、なお、「君が行く海辺の宿に霧立たば吾《あ》が立ち嘆く息と知りませ」(巻十五・三五八〇)等、類想のものが多い。
○
[#ここから5字下げ]
昨夜《きそ》こそは児《こ》ろとさ宿《ね》しか雲《くも》の上《うへ》ゆ鳴《な》き行《ゆ》く鶴《たづ》の間遠《まどほ》く思《おも》ほゆ 〔巻十四・三五二二〕 東歌
[#ここで字下げ終わり]
「雲の上ゆ鳴き行く鶴の」は「間遠く」に続く序詞であるから、一首は、あの娘とは昨晩寝たばかりなのに、だいぶ日数が立ったような気がするな、というので、こういう発想は東歌でないほかの歌にもあるけれども、「雲の上ゆ鳴き行く鶴の」は、なかなかの技巧である。
○
[#ここから5字下げ]
防人《さきもり》に立《た》ちし朝《あさ》けの金門出《かなとで》に手放《たばな》れ惜《を》しみ泣《な》きし児《こ》らはも 〔巻十四・三五六九〕 東歌・防人
[#ここで字下げ終わり]
未勘国《いまだかんがえざるくに》防人の歌。「金門《かなと》」は既にあったごとく「門《かど》」である。「手放れ」は手離で、別れることだが、別れに際しては手を握ったことが分かる。これは人
前へ
次へ
全266ページ中227ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング