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振分《ふりわけ》の髪《かみ》を短《みじか》み春草《はるくさ》を髪《かみ》に綰《た》くらむ妹《いも》をしぞおもふ 〔巻十一・二五四〇〕 作者不詳
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 振分髪というのは、髪を肩のあたり迄《まで》垂らして切るので、まだ髪を結ぶまでに至らない童女、また童男の髪の風を云う。「綰《た》く」は加行下二段の動詞で、髪を束《たば》ねあげることである。一首の意は、あの児は短い振分髪で、まだ髪を結えないので、春草を足して髪に束ねてでもいるだろうか、可哀《かあ》いいあどけないあの児のことがおもいだされる、というくらいの意とおもう。童女のことを歌っているのが珍しいのであるが、あの時代には随分小さくて男女の関係を結んだこともあったと見做《みな》してこの歌を解釈することも出来る。真間の手児名なども、ようやくおとめになったかならぬころではなかっただろうか。いずれにしても珍しい歌である。第三句|流布本《るふぼん》「青草《ワカクサ》」であったのを古義で「春草」としたが、古鈔本中(温・京)に「春」とあるし、契沖既に注意している。

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念《おも》はぬに到《いた》らば妹《いも》が歓《うれ》しみと笑《ゑ》まむ眉引《まよびき》おもほゆるかも 〔巻十一・二五四六〕 作者不詳
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 作者不明。一首の意。突然に女のところに行ったら、嬉《うれ》しいと云ってにこにこする様子が想像せられて云いようなく楽しい、というので、昔も今もかわりない人情の機微が出て居る歌である。ただ現代語と違って古語だから、軽薄に聞こえずに濃厚に聞こえるのである。おもいがけず、突然に、というのを「念はぬに」という。「念はぬに時雨の雨は降りたれど」(巻十・二二二七)。「念はぬに妹が笑《ゑま》ひを夢に見て」(巻四・七一八)等の例がある。「歓《うれ》しみと」の「と」の使いざまは、「歓《うれ》しみと紐の緒解きて」(巻九・一七五三)とある如く、「と云って」の意である。にこにこと匂《にお》うような顔容をば、「笑まむ眉引」というのも、実に旨いので、古語の優れている点である。やはり此巻(二五二六)に、「待つらむに到らば妹が歓《うれ》しみと笑《ゑ》まむすがたを行きて早見む」というのがあり、大《おおい》に似ているが、この
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